アフタージャーニー

 思い詰めた私の表情に、彼女はすぐに察したのか「静かなところで話そうか」と、近くの会議室の扉を開けた。暖房の切れた部屋は、別世界のように冷たい。

「私……ユニセックスラインの、次の企画から抜けようと思っていて……」

 声が、自分でも驚くほど小さかった。
 先輩はまるでそれを予想していたかのように、私をじっと見つめると、静かに息を吐く。 

「責任を感じているなら、残って、ここから成功させなさい」
「え……?」

「気持ちはわかる、でもそれは、逃げて楽になりたいだけでしょう。春にはまた新人が入ってくるんだから。あなただってもう、いつまでも新人気分ではいられない」

 核心を突かれて、喉がヒュッと鳴った。
 先輩の一言一言が、弱さと迷いを抱えた胸に突き刺さる。
 
「……はい」

 小さな声で、そう答えた。私の肩をポンと叩き「がんばりなね」と言った先輩は、笑っていた。私もつられて、少しだけ笑った。 

 プレスチームとの話も終わって、自席に戻り、デスクトップの画面を開く。

 ユニセックスラインの次の秋冬のコンセプト資料は、未完成のまま。

 社内コンペで、次のシーズンの核となるコンセプトのアイデアを募集すると告知があったのは、少し前のこと。その締め切りが、数時間後に迫っていた。

 出すつもりはなかった、抜けるつもりだったから。
 
 完璧なものは作れないとわかっている。
 それでも、もう一度向き合おうと資料を開いた。

 コンセプトに合いそうな写真を貼り、文字を打ち、また消す──でも、どれもどこか嘘くさかった。
 
 終業時刻を過ぎても、ひとりオフィスに残る。
 人影がまばらになった頃、手が止まった。

「やっぱり完璧なアイデアになんてならない……でも、自分らしさも欲しくって……」

 どこまでいっても、完璧、完璧。口に出すと、そればかりにこだわる自分の弱さが、剥き出しになる気がした。

 長時間の作業で目の疲れを感じた私は、目頭を指でギュッと押さえた。それから両手を上げ、グッと体を伸ばす。大きく息を吐き出すと、肩の力が抜けて、凝り固まった身体も少しだけ楽になる。

「ふぅ。肩の力抜けてスッキリした」

 吐き出した言葉をなぞるように、ふと脳裏をいつかの侑樹の言葉がよぎった。

『もっと肩の力抜けば? 自分の価値は自分で決めればいい』