アフタージャーニー

「元々たいして荷物はないしな」  

 いくつかの段ボールを玄関まで運びながら、俺はボソリと呟く。
 少し前から徐々に片付けては実家に預けていた。もう一息だ。

 掃除したせいか、部屋にこもった空気が重くて、窓を開ける。
 流れ込んできた冷たい空気が、思いのほか気持ちよくて、俺は夜風に当たろうとベランダに出た。

 ……隣のベランダから、気配がした。

「……まだ起きてたのか」

 このタイミングで顔を合わせるべきじゃなかった。珠生の様子はどこかおかしかったから。

 だから、引っ越しをすると端的に伝えた。理由なんていらない、俺の身勝手な感情を押し付けるだけになる。いつも俺は救われるばかりで、迷惑をかけるだけだったから。
  
「全部、私のせいなの! ごめんね、ごめんなさい……」

 泣き崩れた珠生が、何度も謝る声だけが真夜中の虚空に響く。

 手を伸ばしかけて、グッと堪えた。

 薄い壁に遮られて、届くことはない。
 手すり越しに伸ばしても、届くことはない。

 届いたら、触れたら、この感情の着地点を見つけてしまう。

『大丈夫だって、侑樹は世界で一番かっこいいから。私が保証する、ね?』

 自分だけを見てくれたことに、甘えてしまう。
 その依存はいつか、珠生の負担に変わってしまう。

「……もう、十分」

 胸がキリキリと痛む。これが罪悪感だとわかるうちに、離れたほうがいい。失う前に。

 荷物をまとめ、掃除が終わる頃には明け方になっていた。
 スマホを開き、短いメッセージを打つ。

『もう俺には関わらないほうがいい』

 送信ボタンに触れた指が、一瞬止まる。
 小さく息を吐いてから、今度こそタップした。

「……ごめん」

 誰にも聞こえない声で呟くと、俺は静かに部屋を後にした。