アフタージャーニー

「珠生に、迷惑をかけるだけだから」

 侑樹の顔は、こわばっていた。
 ようやく捉えた瞳は、確かに私を見ているのに、どこか遠くを探しているようで。

「引っ越す……ってこと? なんで、嫌……だよ」

 嫌だ、どうして。
 とっさに溢れ出た想いは行き場を見つけられず、言葉の端が風に消えてゆく。 

「これ以上俺は、クズになりたくない。傷つけたくないんだよ……」

 胸が締め付けられそうなほど、苦しくて、重い声だった。
 伝わってくるのは、真綿で首をゆっくりと締め付けられるような、諦念の果ての絶望。

 ……でも、違う。違うのに。
 
「待って侑樹、行かないで……! 違うの、全部私が悪いの。仕事も取り返しのつかないミスをした、侑樹のモデルのことも、あの夜のことも……全部、私のせいなの! ごめんね、ごめんなさい……」

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、声が震えた。
 涙が頬を伝う。止めようとしても、止まらない。

 私の嗚咽だけが、空っぽの真夜中に響く。
 侑樹は何も言わず、ただ静かに息を吐いた。

「……もう、十分」

 そういうと、彼は身を翻し、部屋の中へ戻っていく。
 窓は閉められ、カーテンが明かりを隠す。

 その瞬間、胸の奥にかろうじて残っていた、わずかな希望まで消えた気がした。

 もう、十分。
 もう、いい。
 もう、いらない。

 きっと、そういう意味だ。
 深夜のベランダは、失ったものだけが冷えてゆく。