アフタージャーニー

 大通りの喧騒が遠くに聞こえる、路地裏の一角。
 年季が入った雑居ビルの一階に『BAR : uprise』(アップライズ)と控えめな看板が掲げられている。

「兄貴、頼まれたやつ持ってきたけど」

 居候先のマンションの目と鼻の先にある、兄・蒼樹が取り仕切るバー。俺は開店前の店内で手伝いをさせられていた。

 細長い店内を見渡すと、柔らかな灯りに包まれ、照明に照らされたカウンターテーブルが静かに光を反射している。ともすれば夜のムードを過剰に醸してしまうこの空間を、壁際に置かれた観葉植物が少し和らげていた。

「これこれ! わさびアーモンド。おつまみに欲しいって、珠生ちゃんにリクエストされたんだよね」
「珠生って? あぁ……この前の。隣の部屋の子か」

 俺はエコバッグに詰め込んできたお土産を、カウンターテーブルに置いた。袋から取り出した大量のソレは、帰国直前に蒼樹から「買ってきて」と連絡を受け、なんでだよと思いながらも、素直に仁川空港で買い込んできたもの。

 ファンシーなキャラクターが描かれた緑色のパッケージのお菓子と、物腰は柔らかいのに時折どこか悟ったような冷めた目をする兄貴じゃ、まるで結びつかない。バーで出すと聞いて、そういうことかと腑に落ちた。

「これ、韓国の定番だって聞いたけど。侑樹もあっちで食べてた?」
「……食べられるわけないだろ、こんなカロリーの高いもの」

 蒼樹がパッケージをひとつ手に取り「味見でもしてみるか」早速封を開ける。「悪くないね」と呟くあたり、及第点らしい。俺も勧められたが「いらない」と首を横に振った。もう食事制限なんてないのに、染みついた習慣は身体に残ったまま。

「ハハッ、そりゃそうだ。その身体、トレーニングと食事制限の賜物だしねぇ。水でも飲む?」
「てか、あの子。もうここも来てんの」 

 カウンター越し、蒼樹がグラスを手に取り、ミネラルウォーターを注ぐのが見えた。カランと氷が音を立て、目の前に差し出される。グラスを受け取ると、休息がてら蒼樹の話に耳を傾けた。俺よりもひと足先にマンションに住み始めたという彼女と、だいぶ親しくなったらしい。

「アパレルに就職したって聞いたよ。侑樹と同い年じゃない? 彼女見てると、頑張り屋のかわいい妹に思えてきて、ついついね……」
「え。そんなことまで知ってんの。隣人との距離感、バグりすぎなんだよ」