アフタージャーニー

 夜と朝の間に少しの隙間があるとしたら、きっと今だと思う。

 カーテンを閉め忘れた窓の外は、夜明けはもう近くまで来ているのに、まだ遠い。白む前の暗闇が広がっていた。

 私はベッドの上でゆっくりと身を起こすと、ベッドサイドのライトのぼんやりした灯りを頼りに、脱ぎ捨てられた洋服や下着を探した。乱れたシーツに、床に落ちたブランケット。肌に残る甘くて重い余韻を持て余したまま、指先がシーツの皺を辿ると、そこだけがまだわずかに温かかった。

 服を着て、灯りのついたキッチンを見遣る。
 自由気ままなひとり暮らしのこの空間に、侑樹が存在することがひどく非現実的だった。

 微かなモーター音が響く冷蔵庫の傍らで、グラスを手にした侑樹が氷の入った水を飲んでいる。彼はとっくに起きて服を着ていたけれど、寝乱れ髪はそのまま。こちらまで飲み物を持ってきてくれたから、お礼を伝えグラスを受け取った。

 ベッドサイドに座った、侑樹と私の間は少しだけ距離がある。
 こういう時、どう振る舞うのが正しいのか、わからなかった。

 侑樹の長いため息が聞こえた。

「俺は……悠愛と、あいつの夢を壊したんだよ」

 低くて小さな声が、床に沈んでいく。感情を隠すように落とされた彼の視線は、床を見つめたまま。

 もうはっきりと覚えていないぐらい昔、一緒にダンスを始めた。
 高校生の頃、都内で行われた韓国の事務所の練習生オーディションに誘った。 
 寝坊した彼女を電話で急かして──彼女は駅に向かう途中で交通事故に遭った。

 悠愛の夢はそこで終わったのに、自分は合格して渡韓することが決まった。
 病室で言われたのは「もうダンス無理なんだって。わたしの分まで成功して、夢を見せて」。

「俺は、あいつから夢を奪って置いていった。その代償を馬鹿みたいに毎日考えたら……尽くすことしかできなかった」

 侑樹が微かに震える手でグラスを握りしめた。
 グラスの中身は半分も減っていない。

 一言一言、噛み締めるような彼の言葉の端々に、熱はなかった。そこにあるのは、淡々と自分を罰し続けた果ての、色褪せた夢と深い疲労だけ。

 何が正しいかなんて、わからないのに。
 言葉が詰まった喉の奥が熱い。だって、それって──。