アフタージャーニー

 早朝から始まった撮影が終わった。
 最後は拍手に包まれ、俺は深々と頭を下げた。

 そこから生徒たちの待つダンススタジオに向かい、担当クラスのレッスンをこなした。最寄駅まで戻ってきたのは、夜十時を過ぎた頃。今朝、まだ深夜の時間帯にタクシーに乗ったと思うと、長い一日だった。

 ……それでよかった。

 時間の感覚を失い、疲れて頭が回らないぐらいのほうが、なにも考えずに済む。今立ち止まったら、感情の渦に飲み込まれてしまいそうだった。

 地下鉄の出口を上がり大通りへ出ると、金曜日の夜はまだ終わっていないのに、ざわめきは少しずつ遠ざかっていた。大通りに立ち並ぶビルの窓明かりはところどころ間引かれ、ビルの看板は消えきらない残り火みたいに小さく滲んでいる。 

 路地へ入ると、背中に残るざわめきがいっそう退いてゆく。夏の名残りをわずかに含んだ夜風が通り抜けるたび、肌に触れたところだけ先に秋に変えていった。

 パンツのポケットの中で、スマホが震えた。

「……珠生?」

 メッセージに既読はつけても、今夜はもう誰とも繋がりたくない。まともに話せるような気分じゃない。俺を呼び出すコール音代わりに、再びスマホが震え出す。無下にすることもできず、俺は通話ボタンを押した。

「俺のことは放っておいて」

 振り切るように通話を終了し、スマホの電源を落とすと、俺は川沿いの遊歩道に向かった。
 
 遊歩道に出ると、喧騒から少しだけ離れた夜が広がる。川岸の柵から見上げた、対岸のタワーマンション群の明かりが、湿気を帯びた夜の空気で白くほどける。川面に視線を落とし、たたぼうっと眺めた。水面に落ちた光が細かな破片になって、寄り集まりかけてはすぐに崩れていく。
 
 橋の上の明かりも、窓の冷たい光も、川に触れた途端にひとつの形ではいられなくなる。その度に胸の奥で、まだ言葉になっていなかった諦めが輪郭を失い、流されていく気がした。