アフタージャーニー

 長い一日がやっと終わった。

「本日はお疲れさまでした、お先に失礼します!」

 撮影は無事終了し、撮影スタジオを出る頃にはすっかり夜の帷が下りていた。初めてシューティングに立ち合えた高揚感と、ラストショットを終えスタジオ内が拍手に包まれた多幸感の余韻が、疲れ切った身体を包む。

 それに侑樹を推薦したのは私だと思うと、少しだけ誇らしかった。けれど手放しに喜べるような、そんな気分には到底なれなくて。

 休憩中に見た力なく佇む彼。
 張り詰めた空気の中、わずかに揺れた瞳。
 
 すれ違った瞬間、何かがパリンと壊れたような気がした。
 ザラついた痛みを胸の奥から消せないまま、私は帰宅の途についた。

 マンションのエントランスの前でふと足を緩めると、路地を抜けてきた風がシャツの裾をわずかに持ち上げた。滲む汗をクールダウンさせるには、まだ涼しさの足りない夜風が、満たされなさを煽る。

「喉乾いたな……」

 エレベーターの扉が、無機質な音を立てて開く。
 私の靴が床に触れる音だけが響き、床に吸い込まれてゆく。

 誰もいないマンションの廊下は、ひどく閉ざされた匂いがする。
 隣の部屋の前で足が止まりかけたけれど──通り過ぎて、自分の部屋の扉を開け、中に入った。

 玄関で靴を脱ぐ。リビングでバッグを下ろす。アクセサリーを外す。いつもと変わらないただの動作だけが機械的に進む。フラフラとバスルームへ向かい、湯船に身体を沈めると、撮影の休憩中のあの光景が頭の中をフラッシュバックした。

 お風呂から上がって、私はスマホを片手にソファーに座った。

 メッセージアプリを開き、メッセージを打つ、消す……また打つ。衝動と躊躇を繰り返す指先に「お疲れさま、よかったよ」という一言ですら、私の自己満足とエゴなんじゃないかと思ってしまう。

「やだなぁ……こんな時に、余計なこと考えたくないのに」

 侑樹のことを想うと、いつも心ばかりが勝手に先走る。
 近づけば近づくほど、距離を思い知らされるだけ。