アフタージャーニー

 ……見惚れてしまう。

 今日は仕事で、モデルとして見ているだけ。私は湧き上がってきた淡い感情を振り切ろうと、浅い深呼吸を繰り返す。手に持ったタブレット端末に、指先が食い込みそうなほど力がこもった。

 にこやかに挨拶をする侑樹が、そこにいた。

「こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
 
 私が声をかける間もなく、侑樹はカメラマンの待つ最初の撮影スポットへ向かっていった。ほんの一瞬、目が合った時に「ファイティン!」と私は呟いた。それが伝わったかはわからないけれど、彼はかすかに頷いたように見えた。 

 明け方の空が、薄い藍色から灰色を帯びたピンクへゆるやかに溶けてゆく。
 まるでそこにいるのが当たり前かのように、侑樹が景色の中に佇む。

 私はスケジュール管理用のタブレット端末を握りしめたまま、少し離れた場所から見守っていた。

 カメラのシャッター音が鳴る。

 侑樹は指示されたポーズを次々とこなし、時折カメラマンの言葉に短く頷く。表情は静かで、どこか遠くの空を見つめていた。

 ……夏の途中から、彼の部屋の灯りがつかない夜が増えた。

 それに真夏の夜のベランダで話すのは、さすがに暑い。結局、蒼樹さんのバーに立ち寄った時、連絡先を教えてもらった。ユニセックスラインのメンズモデルを正式に依頼することになって、メッセージのやりとりは増えたけれど……それだけ。

 本当は「涼しくなったら、またベランダで話聞いてよ」と言いたいのに、まだ伝えられないでいる。だから今日、こうして同じ場所にいて、同じ景色を見ていることが少しだけ嬉しかった。

 肌に触れる空気は夏の余韻を残したまま、髪を撫でる風は少しだけ乾いていて、涼しい。
 早朝から始まった撮影は順調に進んだ。