滑り込んだ終電が最寄駅に着く頃には、深夜を回っていた。
地下鉄の出口を出ると、熱を溜め込んだ夜の空気が瞬く間に身体中にまとわりつく。
足早に渡った信号は、タクシーのエンジン音が背後の交差点でうなり続けていた。
今夜はもう、ひとりになりたい。
何も考えたくなかった。空っぽになりたかった。
俯きながら歩いていた大通りで顔上げると、遥か先のタワーマンションの窓明かりが、熱を帯びた湿った空気に溶け、星の代わりにゆらゆらと瞬いている。
瞬く光も輝く星も、俺とはもう別の世界にあるものだと思えば思うほど、足元に引かれた境界線という諦念が濃くなってゆく。今夜は目の前の景色にすら辟易して、苛立ちが募った。
角を曲がり路地裏に足を踏み入れると、立ち並ぶ住宅が消えた看板の残り光をうっすら受け、黒い箱みたいに沈んでいた。自宅マンションの前で、俺はふと足を止め、上の階を見上げる。
「……さすがに寝てるか。遅いしな」
ポツリとつぶやいた言葉は、行き場もなくどこかへ消えてゆく。
珠生の部屋の窓は閉じられ、漏れる灯りなく暗いまま──まるで、俺のことなど最初から知らない顔で眠り込んでいた。
今夜はベランダに顔を出したんだろうか。
約束しているわけじゃない。ただ気まぐれにお互い、話しているだけだ。それに、誰かを抱いた後の顔で、他の誰かに会うとか、俺はそこまで器用にスイッチできない。
胸の奥から迫り上がってきたほんの少しの罪悪感をごまかすように、俺は踵を返した。
『吐き出して、川に流しちゃったらいいんだよ。いいことも悪いことも、流れていくものだから』
いつかの珠生の言葉に、足が自然と川のほうへ向いていた。
細い路地を抜け、隅田川のほとりに出た。
真夜中の遊歩道を吹き抜ける、熱を含んだ空気が、夜を重く沈めていく。
俺は柵に身体を預けると、ポケットからスマホを取り出した。
……本当は、今夜。ダンススクールのレッスンが終わる頃にはメッセージが届いていた。
新着メッセージの通知が、悠愛で上書きされたから、見て見ぬフリをしていた。
地下鉄の出口を出ると、熱を溜め込んだ夜の空気が瞬く間に身体中にまとわりつく。
足早に渡った信号は、タクシーのエンジン音が背後の交差点でうなり続けていた。
今夜はもう、ひとりになりたい。
何も考えたくなかった。空っぽになりたかった。
俯きながら歩いていた大通りで顔上げると、遥か先のタワーマンションの窓明かりが、熱を帯びた湿った空気に溶け、星の代わりにゆらゆらと瞬いている。
瞬く光も輝く星も、俺とはもう別の世界にあるものだと思えば思うほど、足元に引かれた境界線という諦念が濃くなってゆく。今夜は目の前の景色にすら辟易して、苛立ちが募った。
角を曲がり路地裏に足を踏み入れると、立ち並ぶ住宅が消えた看板の残り光をうっすら受け、黒い箱みたいに沈んでいた。自宅マンションの前で、俺はふと足を止め、上の階を見上げる。
「……さすがに寝てるか。遅いしな」
ポツリとつぶやいた言葉は、行き場もなくどこかへ消えてゆく。
珠生の部屋の窓は閉じられ、漏れる灯りなく暗いまま──まるで、俺のことなど最初から知らない顔で眠り込んでいた。
今夜はベランダに顔を出したんだろうか。
約束しているわけじゃない。ただ気まぐれにお互い、話しているだけだ。それに、誰かを抱いた後の顔で、他の誰かに会うとか、俺はそこまで器用にスイッチできない。
胸の奥から迫り上がってきたほんの少しの罪悪感をごまかすように、俺は踵を返した。
『吐き出して、川に流しちゃったらいいんだよ。いいことも悪いことも、流れていくものだから』
いつかの珠生の言葉に、足が自然と川のほうへ向いていた。
細い路地を抜け、隅田川のほとりに出た。
真夜中の遊歩道を吹き抜ける、熱を含んだ空気が、夜を重く沈めていく。
俺は柵に身体を預けると、ポケットからスマホを取り出した。
……本当は、今夜。ダンススクールのレッスンが終わる頃にはメッセージが届いていた。
新着メッセージの通知が、悠愛で上書きされたから、見て見ぬフリをしていた。

