アフタージャーニー

 路地を抜ける春の夜風が気持ちよくて、少し歩幅をゆるめて歩いた。
 しばらく歩くと、ひとり暮らしのマンションが見えてくる。

 ここ『メゾン・ド・セゾン』は、ヴィンテージ感のあるシックな外観が目を惹く。不動産屋に案内されて訪れた時、一目で気に入って、その場で「ここに住みます」と即決してしまったほど。

 エントランスを抜け、エレベーターを上がる。
 身体は疲れているのに、高揚感に包まれて、廊下を歩く足取りは軽い。

「へへっ。早くお風呂入って、キムチつまみながらチルしよっと」

 我ながら、今夜はご機嫌すぎる。

 右手にキムチの入った、白いビニール袋。
 左手にはコンビニで買ったものが入った、ビニール袋。

 鼻歌まじりで腕をブンブンと振り回しそうになった、その瞬間──。
 足に何かが引っかかって、私は勢いよく前につんのめった。

「きゃぁぁぁっ──痛っ……!」

 持っていたビニール袋が、まるでスローモーションでも見せられているかのように、放物線を描き吹っ飛んでいく。そのまま勢いよく、特大タッパーやコンビニで買ったカップ麺とデザートが床に叩きつけられた。

「あ、あ……せっかくもらったのに。まだ一口も食べてないのに……っ!」
 
 真っ赤なキムチが派手に飛び散り、匂いが一気に広がってゆく。

 ……よりによって、お隣さんの部屋の前で。

 床に打ちつけた膝に、痛みが走る。「ウッ」とみっともない呻き声を上げて、私は膝を押さえた。それに、お気に入りのパンツだったのに、膝が擦れて血が滲んでるかもしれない。けれど、今この惨状を前にしたら、それどころじゃなかった。

「は、早く片付けなくっちゃ……」

 引越しの挨拶で顔を合わせた隣人のお兄さんは、朗らかな笑顔が素敵なオトナだった。親切に近隣の情報まで教えてくれた人の部屋の前でぶちまけるなんて、迷惑にもほどがある。

 よろめきながらも壁に手をつき、私はなんとか立ち上がった──その時、カチャリと扉が開く音がした。