アフタージャーニー

 一週間後。いつもの夜、いつもの時間。
 スマホの天気アプリが指し示す温度は、夜だというのに三十度近いまま。

「ううう……暑そう。でも侑樹にモデルの件、早く伝えなきゃだしっ」

 私は冷蔵庫の中からビールを取り出すと、ベランダに向かった。

 うだるような夏の夜。

 マンションや雑居ビルに囲まれたこのあたりは、風を拒むように熱を溜め込んでいる。耳を澄ませば、遠くで車の音が低く響き、どこかの部屋から笑い声が聞こえる。夜になっても鳴き止まない蝉の声が、熱気に混じって耳にまとわりついた。
 
「あ。そういえば、今週末は花火大会だっけ……ここから見えたら最高なんだけどなぁ」

 暑さをやり過ごしたい一心で、冷えたビールを口にすると、乾いた喉に沁み渡った。
 
 ここでビールや枝豆を片手に花火を見れたら……浴衣も着たりして。侑樹には「食い意地張りすぎ」とか言われそうだけど、きっと彼はつきあってくれる。濃紺の浴衣を着て、前髪を後ろに流した姿なんて、想像しただけで見惚れてしまいそうだ。

「はぁぁ。なーんてね……妄想がすぎる」
  
 侑樹から、韓国アイドルだったことを告白されたあの日。気にならないわけがなかった。だから部屋に戻ったあとこっそり調べ、明け方まで動画を見てしまった。

 すらりとした体躯に、鋭さと儚さが同居した顔立ち。
 洗練された美しさも透明感も、韓国アイドルとして洗礼を受け、努力で掴んだものだと知った。

 今だって、街を歩けば女の子たちはきっと振り返ってしまう。けれど映像の中、180センチを遥かに超える華やかな同業者の中に紛れると、どこか影が薄く目立たなかった。

『星って明るさがあるじゃん、一等星とか二等星とかさ。それで言ったら俺は、肉眼じゃほぼ見えないぐらいの薄暗い星だった』

 夜空を見上げながら呟いた彼の言葉も、瞳の先に映していたものも、少しだけわかった気がした。胸の奥から迫り上がってきた、泣きそうな寂しさを堪えようと慌てて目を閉じた。私が見ている彼は、きっと数パーセントにも満たないと知ってしまったから。

「ビール、飲み終わっちゃった。侑樹、まだかなぁ」

 ……最後の一口は生ぬるくて、いつもよりも苦い気がした。

 部屋の灯りがつかない。
 ビール缶を握りしめながら、何度ベランダの柵越しに彼の部屋を覗いても、暗いまま。

 いつもなら、この時間には出てくるはずなのに。

「どこか出かけてるか、まだ帰ってきてないのかな」

 今週の定例報告会で、ディレクター達に侑樹のことを話した。「この子、モデル候補としてえぇやん。一度オフィス連れて来れへん?」と前向きに検討してくれたから、早く伝えたいのに。せめてこのことだけでも、メッセージで連絡を──。