アフタージャーニー

 本当は誰にも触れさせたくなかった。

 自分をこれ以上すり減らしたくなくて、持て余しては浮かび上がってくる諦念を、胸の底に沈めようとしていた。それでよかったはずなのに、どうして今、こんなにも寂しいんだろう。
 
「俺さ、小さい頃から韓国アイドルに憧れてて、高校の途中で韓国に渡った。小さな事務所からデビューしたけど、売れなくて……結局、空中分解して帰国した」

「待って! そうだったんだ……渡韓してデビューしたって、すごいことだよ。夢叶えたんでしょ?」

 俺の告白に、彼女の目が大きく見開かれてゆく。感嘆のため息を漏らし「すごいよ」と呟くその言葉に、きっと嘘偽りはない。その結末が、十分に予測できた落胆だったとしても。

「デビューする以外、なにひとつ叶えられなかったのに?」
「そんな……」

 俺は静かな自虐と共に、夜空を見上げた。
 漆黒とは程遠い、深く青い空に見える星があるとしたら、それは眩いほど輝くものだけ。 

「星って明るさがあるじゃん、一等星とか二等星とかさ。それで言ったら俺は、肉眼じゃほぼ見えないぐらいの薄暗い星だった」

 俺につられ、隣で夜空を見上げた彼女が、相槌代わりに曖昧に頷く。  

「活動資金も尽きて、カムバすらできなくなって。起死回生の一打で、メンバー全員でサバイバルオーディションに応募した。シキやアンジがデビューを決めた、珠生も見てたあの番組」

「知らなかった……」

 言葉の端が掠れた。彼女が息を呑む気配がした。

「だろうね。俺は事前審査で落ちてるから……審査一緒だったんだ、シキって奴と。数秒で桁違いの衝撃を与えられるのがスターの原石なんだって、嫌ってほど思い知った。そこにいるだけでモノが違う。嫉妬の感情すら湧かなかった。ただ……何をどう足掻いても、あぁはなれないって」

 湿り気を帯びた風が、少し強くなった。大きく揺れた川面から水音が重く響き、肌に張り付いた湿気で汗がジワリと背中に滲む。

「幼馴染にさ……夢を見せてって言われたのに、何年も燻って……結局、消えた。正直、もう希望も焦りもなかった。ただ、安堵だけが残った」

「あぁ……」 

 珠生が静かに息を吐き、わずかに目を細めた。
 その言葉にならない声が、こんなにも感情を生み出すのかと思った。
 
 やりたい道に進んだばかりの彼女に、こんなことを言っていいのか、少しだけ迷った。でも、そんな表層的なものじゃない。夢の最後に残った指先の微熱を、今夜はなかったことにはできない。

「夢の始まりにいるんだろ? なら、進めよ。俺は終わりの先をどう歩けばいいのか、わからなくってさ」