アフタージャーニー


 電車を乗り継ぎ、最寄駅に着くと地下鉄の出口を上がった。
 地上に出ると、目の前に広がる夜の大通りを、ひっきりなしに車が通り過ぎていく。

 オフィスビルと飲食店、昔ながらの下町の住宅街がひしめき合う、川沿いのこの街に引っ越して一ヶ月になる。憧れのひとり暮らし、新しい街、それから大学卒業と就職。今は見るもの全てが新鮮で、こうやって家に帰る道のりを歩いているだけで楽しい。

「ちょっとお腹空いたな。もらったキムチに合いそうなもの、コンビニで買って帰ろっと♪」

 信号待ちの横断歩道で、私はふと手に持った白いビニール袋に目を遣った。中に入っているのは、大きなタッパーに入ったキムチ。もう少し暖かくなってきたら、ベランダで夜の風に吹かれながら晩酌……じゃなかった、チルアウトなんて最高すぎる。

「ふふっ。ひとり暮らしっていいなぁ」

 想像しただけで、頬が緩む。少し先に、ひときわ明るいネオンが光るコンビニが見えて、私は吸い寄せられるようにそちらに向かった。

「わぁっ、ごめんなさい!」

 コンビニの扉が開いた瞬間──出てきた誰かと肩がぶつかった。勢いよく身体が傾き、足元がふらつく。手に持った白いビニール袋が大きく揺れた。

 私は咄嗟に後退りすると、慌てて謝罪の言葉を口にした。「怪我はないですか」と続けると、スマホを片手にスーツケースを転がす男の人が、低い声で呟いた。

「いや、大丈夫です」

 その人は足を止め、私をチラリと一瞥すると軽く頭を下げた。目深に被っているキャップが表情を隠し、こちらからは様子は伺えない。すぐに視線を落とすと、スマホを見ながら歩き去って行った。

 スーツケースの音が、夜の通りに響く。
 すれ違いざまに見えた、整った輪郭と長い下まつ毛がきれいだった。

「……ICNって、仁川(インチョン)? 韓国の人かなぁ、でも日本語ペラペラだったし」

 私は胸を押さえ、息を整えた。なんだか妙に印象に残る人だった。
 
 スーツケースについていたラゲッジタグに「もしかして、どこぞの韓国アイドルがお忍びで来日?」なんて思ったけれど、そんなはずもなく。

 そうだった、買い物を──と。
 私は今度こそ、コンビニに吸い込まれていった。