アフタージャーニー

「……なぁ。俺、餌付けでもされてんの?」

 冷えたグラスをベランダの手すり越しに差し出すと、彼は「今更だな」と苦笑いをしながら受け取った。

「迷惑だった……かな?」

 思い返せばキムチにヤンニョムチキンに、つい勧めすぎたかもしれない。どうしたらいいかわからなくなって、彼から視線を外した目が泳ぐ。

「いや、そうじゃない……言ってなかったなって、いつも」

 溶けてゆく氷とグラスがぶつかる心地のいい音と共に、彼が口を開いた。

「……ありがとう」

 予想外の言葉に、私が「へっ?!」と視線を戻すと、今度は侑樹くんが照れくさそうに目を逸らした。でも確かに口元は微笑んでいて。普段の彼からは想像できない柔らかい笑顔に、胸が高鳴る。 

「あっ、どういたしまして。夏も近いし……よ、夜中でも暑いねっ! アイスもあればよかったね……?」

 上がってゆく心拍数に、頬まで赤くなった気がして、私はとっさにアイスココアが入っていたグラスを頬にあてた。外側に浮かぶ水滴が、ひとすじの線を描いては静かに落ちてゆく。その冷たさが、火照った頬を冷ましてくれる。

 彼はアイスココアを一口飲むと、静かに口を開いた。

「で? 今夜も仕事の愚痴をどうぞ」

 いつものように軽く聞いてくれたから、会議で意見が流された悔しさとか、うまくいかなかったことをぽつぽつと話した。彼は静かに相槌を打ちながら、聞いてくれた。

「お疲れ。いろいろあったんだな」

 私が全ての愚痴を吐き出す頃には、彼のアイスココアのグラスもすっかり空になっていた。

「聞いてくれてありがと、いつも私ばっかり話してるよね。あ、今何時だろ」

「けっこう遅い時間だと思うけど、眠くなるどころか、目が冴えたんじゃない?」
「ぜ、全然眠くない……ごめん、侑樹くんまで付き合わせちゃって」 

 一日の出来事を思い出して、それを言葉にするって、けっこう頭を使う。彼に「真夜中なのに絶好調だな」とすかさず指摘されたけれど、そのとおりすぎて自分でも笑ってしまう。

 ……あぁ、今夜の癒しのベランダ時間も、そろそろおしまいだ。