アフタージャーニー

 仕事が終わった頃には、空はもう濃い藍色に染まっていた。

「はー。終わったぁ……帰ろう」

 両腕をグッと上げ、縮こまった身体を引き伸ばすと、身体中から悲鳴が聞こえるようだった。一刻も早く家に帰って、ベッドの上に倒れ込みたい。でも、がんばったご褒美に少しだけ息抜きがしたくて、私は蒼樹さんのバーに寄ることにした。
 
 路地裏の雑居ビル一階、控えめな看板に明かりが灯るBAR : uprise(アップライズ)。重い扉を開けると、オレンジ色の柔らかな照明とジャズのBGMが迎えてくれる。蒼樹さんがすぐに気づいて「カウンターへどうぞ」と笑顔を向けてくれた。

「珠生ちゃん、いらっしゃい。いつもの?」
「えっと、今日は特に疲れたので、ちょっと甘めでお願いします」

 グラスに注がれるカクテルを待つ間、私はふと店内に視線を移した。カップルやおひとり様が思い思いに時間を楽しんでいて──カウンターの少し離れた席に座っていた同世代の女性に、思わず目が釘付けになった。

「わぁ、先週発売したばかりのウチのトップスだ」

 レモンイエローのノースリーブトップスに繊細なレースが施されたビスチェのセットアップがとても似合っていた。

 カクテルグラスに添えられた綺麗な指先には、控えめなラメが輝く。ツヤのある長い髪と華やかなメイク、トレンドのファッションに身を包む彼女の横顔は、まるでファッションスナップを切り取ったように完璧で、薄暗い店内でもひときわ目を惹く。

 ……疲れ切って、今にもカウンターに突っ伏してしまいそうな私とは、真逆だ。

「そうかそうか。仕事、楽しそうで何より。PRだっけ? 天職なんじゃないか」
「んー、本当そう。最近は余裕が出てきたから、出会いも増えてね」

 蒼樹さんと親しげに話す声は軽やかで。差し出されたカクテルを飲む私をよそに、楽しそうに仕事の話を始めたから、つい聞き耳を立ててしまう。

「ハハハ。新しい彼氏でもできた? 報告がてら店に連れて来てよ」
「えー。蒼樹くん、ジャッジ厳しいからなぁ」

 彼女はグラスを傾けながら、軽く笑って肩をすくめる。

悠愛(はるあ)。あいつにはもう会った?」

 ふと、蒼樹さんがグラスを磨く手を止めた。
 カウンター越しに彼女の顔をジッと見つめたのが、わかった。

 その言葉に、悠愛と呼ばれた彼女の笑顔がほんの少しだけ引きつった。カウンターテーブルにグラスをゆっくり置くと、視線を少し逸らす。

「……まぁ、一応ね」