アフタージャーニー

 梅雨の合間の太陽の眩しさに、近い夏の訪れを予感させるような午後。
 会議室の窓から外を見上げると、久しぶりに抜けるような青空が広がっていた。 

「今日これでコーヒー何杯目だろ」

 朝イチからここに張り付いて、ユニセックスラインの資料を繰り返し確認していた私は、眼鏡を外すと目頭を押さえた。ツボを刺激すると、頭の奥の鈍い痛みが少し和らぐ。机の上に並ぶ、コーヒーの空カップは三つ。どこまで増えるだろう。

 昼食もそこそこに始まった午後の検討会。ブランドのディレクターやチーフデザイナー、プレス──重鎮揃いの会議室で、私は必死にメモを取っていた。

「ユニセックスラインのコンセプトは『スラッカーコア』で、着飾らないラフさの中に、計算された抜け感を……」
「ストップ! そのトップスのカラバリ新鮮味ないやん? メンズも着るんやろ、どうなんそこ」

 仕上がってきたサンプルを前に意見が飛び交う。私も生地を触ったり、試着をしながら説明に耳を傾けた。ディレクターがトップスを試着した私に、ふと視線を向けた。

「芹沢さん、若い子の感覚でどう思う? 袖を折り返した時に見える裏地、色もっと抑えた方がええかな?」

 急に名指しで呼ばれ、心臓が跳ね上がる。私は慌てて姿勢を正すと、声を絞り出した。

「えっと……このグレーとピンクのストライプは、ターゲット年代には少し可愛すぎるというか。それならネイビーとシャーベットオレンジの組み合わせが、裏地のアクセントとして落ち着いたトーンを残しつつ、ユニセックスに着れる気がします」

 意見を述べる私に、周囲の視線が集中する。ディレクターは腕を組んでしばらく考え込んでから「そかそか、ありがとな」と口を開いた。結局、私の意見は流され、採用されなかった。その悔しさと、意見を求めてもらえた嬉しさが胸の奥で混ざったまま、進んでいく。

「キービジュアルのモデルの選定、人気コスメブランド『STEAL』(スティール)とのタイアップも進行中で、追って報告を……本日はお疲れさまでした!」

 長丁場になった検討会の終了を告げられ、私は椅子から立ち上がった。首を回すと、ポキポキと音が鳴る。すぐにデスクに戻って、検討会で出た変更点を再確認して……頭の中でタスクがぐるぐる回る。

 飲み干したコーヒーが、なんだかいつもより苦い。

 先輩がポンと私の肩を叩き「芹沢さん、頼りにしてるよ」と声をかけてくれたのが救いだった。ひと足先に短い夏休みを取る先輩の代わりに、取引先へ連絡を済ませないといけない。

 デスクに戻りパソコンの画面に向き合うと、こめかみに鈍い痛みが走った。

「早く一人前にならないと……えっと。この品番は結局、裏地はグレーとピンクだったっけ」

 完璧を目指しているはずなのに、どんどん遠ざかっていく気がした。