ベランダに出ると、湿り気を含んだ夜風が肌を包んだ。
空の高いところに、ぼんやりと白い月が浮かんでいる。
見渡せば、マンションや家のいくつかの窓には明かりが灯り、誰かの生活の気配が漏れてくる。遠くの大通りからは、車の流れる低い音と、時折響くバイクの排気音が風に乗って届く。
都会の夜の静かな息づかいが、奇妙なほど優しく胸に響──いや、最近はそうでもない。
「新しいプロジェクトのメンバーに選ばれて、嬉しかったんだけど……仕事が一気に増えて、タスク管理のアプリ、ダウンロードしちゃった。はぁぁ。あっ、チキン食べる?」
同い年だという隣人に、俺は今夜も愚痴まじりの雑談を聞かされていた。喜んだと思えば、ため息をついたり。表情が一秒ごとにくるくると変わる。
「チキン? じゃ、少しぐらいなら……」
そして彼女はよく話し、よく食べる。
さっき届いたという宅配フードを勧められ、俺は流されるままに頷く。
先日のキムチといい、俺は餌付けでもされているんだろうか。
「どうぞ。このヤンニョムチキン、DROPのアンジくんのオススメだから食べてみたかったの! 日本初上陸なんだって、知ってる?」
ベランダ越しに受け取った小さな紙箱の隙間から、香ばしいタレの匂いが漂う。
紙箱にプリントされていたのは、韓国で人気のチェーン店のロゴ。知っているかと尋ねられ、俺は「ここ、うまいよ」と言いかけた言葉をグッと飲み込み、知らないフリをして首を横に振る。
俺の過去に踏み込まれたくはなかったから。
ベランダの薄い壁一枚隔てたパーソナルスペースを守りたくて、話題をすり替えた。
空の高いところに、ぼんやりと白い月が浮かんでいる。
見渡せば、マンションや家のいくつかの窓には明かりが灯り、誰かの生活の気配が漏れてくる。遠くの大通りからは、車の流れる低い音と、時折響くバイクの排気音が風に乗って届く。
都会の夜の静かな息づかいが、奇妙なほど優しく胸に響──いや、最近はそうでもない。
「新しいプロジェクトのメンバーに選ばれて、嬉しかったんだけど……仕事が一気に増えて、タスク管理のアプリ、ダウンロードしちゃった。はぁぁ。あっ、チキン食べる?」
同い年だという隣人に、俺は今夜も愚痴まじりの雑談を聞かされていた。喜んだと思えば、ため息をついたり。表情が一秒ごとにくるくると変わる。
「チキン? じゃ、少しぐらいなら……」
そして彼女はよく話し、よく食べる。
さっき届いたという宅配フードを勧められ、俺は流されるままに頷く。
先日のキムチといい、俺は餌付けでもされているんだろうか。
「どうぞ。このヤンニョムチキン、DROPのアンジくんのオススメだから食べてみたかったの! 日本初上陸なんだって、知ってる?」
ベランダ越しに受け取った小さな紙箱の隙間から、香ばしいタレの匂いが漂う。
紙箱にプリントされていたのは、韓国で人気のチェーン店のロゴ。知っているかと尋ねられ、俺は「ここ、うまいよ」と言いかけた言葉をグッと飲み込み、知らないフリをして首を横に振る。
俺の過去に踏み込まれたくはなかったから。
ベランダの薄い壁一枚隔てたパーソナルスペースを守りたくて、話題をすり替えた。

