アフタージャーニー

[Side 侑樹]

「うわ。この部屋、懐かしいな」

 ガラス張りの白いスタジオが、視界いっぱいに広がる。
 かつて通っていたダンススクールに、またお世話になる日が来るなんて思ってもみなかった。
 
 使い込まれた床、天井のライト、壁一面に広がる鏡。
 生徒たちは、ここで汗を流し夢を見る。

 痛いほど眩しくて、目を逸らしそうになる。
 俺は小さく息を吸い込み、講師の顔へ無理やり切り替えた。

「はい。時間になったので始めます」

 生徒たちにとっては、この明るいスタジオは未来への扉。

 そう思えば、声や表情も自然と引き締まる。でも自分には──どうしたって避けられない、過去の残像と向き合う鏡の部屋。

 終わったはずなのに、それで食っていこうって。
 本当に俺は、何もないんだなと思った。

「侑樹先生が韓国の事務所の練習生になったのって、何才の時でしたか?」
「受かったのは高校一年生の冬だったかな。そこから渡韓して……」

「行く前の語学力はどのぐらいだったんですか?」
「そうだなぁ、俺の場合は……」

 俺が担当することになったのは、皮肉にも韓国アイドルや練習生を目指すK-POP専門クラスだった。毎回一時間ほどのレッスンが終わると、あっという間に生徒たちに取り囲まれる。

 韓国での厳しい練習生生活、その先に待ち受ける選抜──デビューグループのメンバーに選ばれるのは、ほんの一握り。そこを知りたいと、誰もが話を求めてくる。

「じゃあ先生は、そこから二年ちょっとでデビューしたんだ! すごいなぁ」

 俺に尊敬の眼差しを向ける、彼らの気持ちが痛いほどわかるからこそ、言えなかった。
 デビューの先が、本当の茨の道だということを。

 質問攻めも終わり、俺が出入り口に向かおうとした時のこと。
 再び声をかけられ、俺は足を止めた。 

「先生! 逆に、努力じゃ手に入らなかったものってありますか?」

 それを俺に聞くか?
 ストレートに突き刺さった言葉に、胸がミシミシと鈍い音を立てて軋む。

 欲しくて欲しくて、愚かなまでに追い求め。
 それでも手に入らなかったもの。  

「……ただ、そこに立っているだけでもわかる、圧倒的な華」

 喉の奥が、かすかに震える。 
 嘆いているわけじゃない。もう、今更だ。