空が、夕闇へ変わるグラデーションに、美しく染め上げられていく。
細い路地を進めば、五分ほどで隅田川のほとりに突き当たる。
川沿いの遊歩道に足を踏み入れた俺は、柵に身体を預けると、まだ慣れない景色を見渡した。
川風は少し冷たいが、湿った匂いも、遠くの橋を渡る車の音に混ざって、耳を澄ませば聞こえる波の音も嫌いじゃない。沈みかけの春の夕陽が、川面にオレンジの光を長く引く。
対岸のタワーマンションの明かりが、水面で夕陽の残光と重なっては、キラキラと輝き、ゆっくりと揺れる。ただそれだけの一瞬が、幻想的だった。
「全然、違うんだよなぁ……」
……ほんの少し前まで見ていた景色とは、まるで違う。思い出すためにここに来てるわけじゃない。けれどここを歩くたびに、まるで逆説のように記憶が蘇る。人も、景色も、空気感も、何もかも。似てるようでなにひとつ同じじゃないと。まだ立ち止まったままの俺にそう突きつけてくる場所。
俺の目には、水面と空を行き来しながら飛び回る鳥だけが、なぜだかとても空虚に映った。孤独であてもなく彷徨っているみたいだったから。
「あぁ、そろそろ来るかな」
手に持ったスマホが震えた。
画面を見れば『向かってる』の文字。
会いたいのに、会うのが怖い。
目を合わせるのが怖い。でも、逸らされることはもっと怖い。
何者にもなれなかった俺は、どんな顔をして会えばいいのか。
……俺の夢の全てを、捧げた人に。
矛盾した危うい感情を突きつけられるたびに、確かな熱を求めて、手を伸ばしてしまう。
「侑樹」
背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえて、ゆっくりと振り返った。
形のよい唇が、美しく弧を描いて優雅に微笑む。
一瞬瞬いてから、こちらに向けられた綺麗な瞳に、また捕われてしまう。
その瞳に自分が映っていることに。
もうどうしようもなく、安堵した。
「ただいま、悠愛」

