「……というわけで、この数日後に死亡を確認しました」
アリスは証拠として残していた映像の一部始終を目の前に座っている男性に見せると、ノートパソコンを閉じた。
この男性は、立河彩乃を消してほしいと依頼した人物。今日は、依頼を受けてからどのようにして立河を処分したかまでの報告のために会っていた。
自分が頼んだことを、最後まで見届けようという意思の強さからだろうか。モザイク処理はしているとはいえ、かなりショッキングな映像だが、目を逸らすことなく見ていた。
「……ありがとうございます。妻の無念も……いや、これは僕の恨みですね。少しは晴れました」
「死亡を確認した際の映像もありますが、どうされますか?」
「アリスさんからのご報告だけで十分です。あの女の死に顔なんて、僕の記憶に残したくない」
机の上に置いてあるアイスコーヒーの中にある氷が、カランと涼しい音を立てた。
「それにしても、あの女はどうして僕を狙ったのでしょうか」
「これは推測に過ぎませんが、眼鏡をかけた細身の男性をターゲットにしていたようです」
立河について調べていた際に気付いたことだ。
彼女が狙った男性は、全員が今回の依頼人と同じ眼鏡をかけた細身のタイプだった。
見た目が好みだから、相手のことを好きになる。それは別に構わない。
ただ、その相手が既婚者であったり、恋人がいた場合はそうもいかない。
奪い取るのではなく、潔く身を引いて次の相手を見つけるべきだ。
それを、立河はわかっていなかった。あらゆる手段を用いて奪えばいいという思考回路をしていた。傷つく誰かがいたとしても、手に入ればよかったのだろう。
「……僕がしっかりしていれば、妻は」
「あなたのせいではありませんよ。既婚者だと知っていてなお、悪質な嘘を吐いてあなたや奥様を傷つけた者が悪いんですから」
「そう言っていただけると、救われます」
男性は立ち上がり、アリスに頭を下げた。
「報酬は、指定された口座に振り込みます。……本当に、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそご依頼いただき、ありがとうございました」
アリスも立ち上がり一礼するも、言いようのない不安に襲われる。
背を向けて立ち去ろうとする依頼人を「あの」と呼び止めた。依頼人は足を止めたものの、アリスを振り向こうとはしない。
「あなたは死んではいけない人です。生きてくださいね、奥様の分まで」
そこでようやく、依頼人がこちらを振り向いた。
目は大きく見開かれていて、じわりと涙が滲んでいる。
(……死ぬ気、だったんだね)
小さく会釈をすると、依頼人は今度こそこの場を去った。一人残されたアリスは再び席へと座り、氷で薄くなってしまったアイスコーヒーを口にする。
妻を失うきっかけを作った相手への復讐は済み、依頼人としては生きる意味がなくなったのだろう。妻の元へ行きたくなる気持ちもわからないでもないが、善人な彼は生きていてほしい。
いなくなるべきは、アリスのワンダーランドに相応しくない、立河や前沼のような消えた方がいい人間なのだから。
「……やっぱり、善人な人ほど損をする世界だね」
そのとき、スマートフォンが小刻みに震えた。画面を見れば、チェシャからのメッセージが送られてきている。
中身は、次の依頼について。
「今度は、家庭で暴力を振るう夫の始末か。……弱い人へ手を出すとか、クズ極まりないな」
アイスコーヒーを飲み干し、アリスは黒色のリュックを背負ってその場を去る。
悲しいことに、依頼は止まない。けれど、いつかは止むと信じている。
そのときこそ、善人が笑顔で暮らせる世界──アリスのワンダーランドが完成したということなのだから。
アリスは証拠として残していた映像の一部始終を目の前に座っている男性に見せると、ノートパソコンを閉じた。
この男性は、立河彩乃を消してほしいと依頼した人物。今日は、依頼を受けてからどのようにして立河を処分したかまでの報告のために会っていた。
自分が頼んだことを、最後まで見届けようという意思の強さからだろうか。モザイク処理はしているとはいえ、かなりショッキングな映像だが、目を逸らすことなく見ていた。
「……ありがとうございます。妻の無念も……いや、これは僕の恨みですね。少しは晴れました」
「死亡を確認した際の映像もありますが、どうされますか?」
「アリスさんからのご報告だけで十分です。あの女の死に顔なんて、僕の記憶に残したくない」
机の上に置いてあるアイスコーヒーの中にある氷が、カランと涼しい音を立てた。
「それにしても、あの女はどうして僕を狙ったのでしょうか」
「これは推測に過ぎませんが、眼鏡をかけた細身の男性をターゲットにしていたようです」
立河について調べていた際に気付いたことだ。
彼女が狙った男性は、全員が今回の依頼人と同じ眼鏡をかけた細身のタイプだった。
見た目が好みだから、相手のことを好きになる。それは別に構わない。
ただ、その相手が既婚者であったり、恋人がいた場合はそうもいかない。
奪い取るのではなく、潔く身を引いて次の相手を見つけるべきだ。
それを、立河はわかっていなかった。あらゆる手段を用いて奪えばいいという思考回路をしていた。傷つく誰かがいたとしても、手に入ればよかったのだろう。
「……僕がしっかりしていれば、妻は」
「あなたのせいではありませんよ。既婚者だと知っていてなお、悪質な嘘を吐いてあなたや奥様を傷つけた者が悪いんですから」
「そう言っていただけると、救われます」
男性は立ち上がり、アリスに頭を下げた。
「報酬は、指定された口座に振り込みます。……本当に、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそご依頼いただき、ありがとうございました」
アリスも立ち上がり一礼するも、言いようのない不安に襲われる。
背を向けて立ち去ろうとする依頼人を「あの」と呼び止めた。依頼人は足を止めたものの、アリスを振り向こうとはしない。
「あなたは死んではいけない人です。生きてくださいね、奥様の分まで」
そこでようやく、依頼人がこちらを振り向いた。
目は大きく見開かれていて、じわりと涙が滲んでいる。
(……死ぬ気、だったんだね)
小さく会釈をすると、依頼人は今度こそこの場を去った。一人残されたアリスは再び席へと座り、氷で薄くなってしまったアイスコーヒーを口にする。
妻を失うきっかけを作った相手への復讐は済み、依頼人としては生きる意味がなくなったのだろう。妻の元へ行きたくなる気持ちもわからないでもないが、善人な彼は生きていてほしい。
いなくなるべきは、アリスのワンダーランドに相応しくない、立河や前沼のような消えた方がいい人間なのだから。
「……やっぱり、善人な人ほど損をする世界だね」
そのとき、スマートフォンが小刻みに震えた。画面を見れば、チェシャからのメッセージが送られてきている。
中身は、次の依頼について。
「今度は、家庭で暴力を振るう夫の始末か。……弱い人へ手を出すとか、クズ極まりないな」
アイスコーヒーを飲み干し、アリスは黒色のリュックを背負ってその場を去る。
悲しいことに、依頼は止まない。けれど、いつかは止むと信じている。
そのときこそ、善人が笑顔で暮らせる世界──アリスのワンダーランドが完成したということなのだから。


