次に同じ場所を訪れた時。
木陰の向こうで、綾乃と洋司が口づけを交わしていた。
夕暮れの河川敷。
茜色の光が、寄り添う二人の影を長く伸ばしている。
「菜津より、私の方が好き?」
綾乃が甘えるように尋ねる。
「ああ」
その瞬間。
足元の砂利が、じゃり、と鳴った。
二人が同時に振り返る。
「……どうして……」
ようやく絞り出した声は、情けないほど震えていた。
洋司の目は冷たかった。
「君には騙されたよ」
「え……?」
「綾乃から聞いた。君はずっと綾乃を虐めていたんだって」
違う。
そう言いたかったのに、声が喉につかえた。
脳裏に浮かぶのは、綾乃に茶をかけられたこと。
人前で笑いものにされたこと。
家でも、女学院でも。何度も、何度も、悪者にされた記憶。
「違う、私は……!」
「きゃ……」
綾乃は怯えたように洋司へしがみつく。
洋司は綾乃を庇うように、一歩前へ出た。
その陰で。
綾乃だけが、奈津に向かって笑った。
ご・め・ん・ね。
唇だけが、そう動く。
胸の奥が、すうっと冷えていく。
ああ、まただ。
また私は、奪われる。
*
家に帰ると、さらに追い打ちが待っていた。
和室に呼び出された奈津の前へ、父は無造作に一枚の釣書を放った。
「東堂家の後妻になれ」
畳の上へ滑った紙を、奈津はゆっくりと見下ろす。
そこに写っていたのは、奈津の父よりも年上に見える男だった。
頭髪は薄く、恰幅のいい身体は着物の上からでもだらしなく膨れている。
写真越しですら、脂ぎった空気が伝わってくるようだった。
「お前には価値がない。それくらいしか使い道がないのだから」
父の声は冷たい。
母も否定しなかった。
綾乃は傍らで、くすくすと笑っている。
「その方、随分と若い娘がお好きらしいわ」
扇子で口元を隠しながら、綾乃は楽しそうに続ける。
「可愛がっていただけそうで、よかったですわね。出来損ないのお姉様には、お似合いだわ」
何も言い返せなかった。
両親や綾乃の言う通りなのだと思った。
奈津には、何もない。
霊力も。
才能も。
家族からの愛も。
たったひとつ掴めたと思った幸せさえ、奪われてしまった。
全部、昔から同じだった。

