あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

河川敷の木陰で、奈津はぼんやりと水面を見つめていた。
 川面を渡る風は冷たく、指先がかじかむ。
 最近は、日が暮れるのが早くなった。

「……奈津」

 名を呼ばれて顔を上げると、洋司(ようじ)が心配そうにこちらを見ていた。

 洋司は、近隣の男子学院に通う青年だった。
 歳は奈津と同じ十六。
 
 そんな二人が出会ったのも、この河川敷だった。

 その日、奈津は家を飛び出してきた。
 出来損ないの奈津は、家で女中同様に扱われていた。
 その日も彩乃の残飯を食べることを強要され、両親からは庇われるどころか蔑まれ――心が限界だった。

 頼れる人もいない。
 ただ静かに消えてしまいたいと、ここで一人うずくまっていた奈津へ、洋司は声をかけてくれたのだ。

 『君、どうしたの?』

 それから二人は、時折ここで会うようになった。
 河川敷で過ごす時間だけが、奈津にとって息の出来る場所だった。
 
「大丈夫?」
 
「……うん。ごめんなさい。少し、ぼうっとしていただけ」

 洋司だけは、奈津を普通に扱ってくれた。
 出来損ないとも、出涸らしとも呼ばない。
 ただ、“九条奈津”として隣にいてくれる。

 それが、たまらなく嬉しかった。

「そうだ」

 洋司は思い出したように、小さな紙袋を差し出した。

「これ、女学院の近くで売ってたんだ」

 中には、小さな焼き菓子が入っていた。
 甘い香りが、ふわりと漂う。

「……私に?」
 
「奈津に」

 当たり前みたいに名前を呼ばれて、奈津は小さく目を見開く。
 家では、“出来損ない”。
 女学院でも、陰口ばかり。
 
 だから、自分の名前を優しく呼ばれるだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
 泣きそうになってしまうくらいに。

 奈津は慌てたように視線を伏せ、小さく紙袋を受け取った。

「……ありがとう」

 焼き菓子は、まだほのかに温かかった。
 その温もりが、冷え切っていた指先へじんわりと伝わってくる。
 まるで、自分まで大切に扱われたみたいで。
 洋司の存在だけが、奈津にとって唯一の救いだった。
 

 夕陽に染まる河川敷を、冷たい風が吹き抜けていく。
 茜色の光に照らされた洋司の横顔は、いつもより少しだけ大人びて見えた。
 真っ直ぐ向けられる眼差しに、奈津は小さく息を呑む。

「……好きだ、奈津」

 胸の奥が、熱くなる。
 奈津は少しだけ涙を滲ませながら、頷いた。

「……私も、好きです」

 私にも、幸せがあるのかもしれない。
 そう思った。
 けれど、それはあまりにも短い夢だった。