あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 奈津は目を見開いた。
 
 こんな風に、誰かに縋られたことなんてなかった。
 必要とされたことなんて、一度も。
 胸の奥が、じわりと熱くなる。

 奈津はゆっくりと紫鬼を見る。
 瘴気に蝕まれながら、それでも彼は奈津から目を逸らさない。

 苦しそうなのに。
 警戒と威圧だけは消えていなかった。

(私が、この人を……)

 奈津はそっと、紫鬼へ近づく。
 怖くないわけじゃない。

 けれど。

(――助けたい)

 その想いだけが、胸の中にはっきりあった。
 
 奈津は震える指先を伸ばす。
 黒い瘴気が、威嚇するようにざわめいた。

「やめろ!」
「人間ごときがどうにかできるはず――」

 その時だった。
 奈津の指先が、紫鬼の手へ触れる。

 ――ぱあっ。

 先ほどよりも強い光が溢れた。
 
 月光のように淡く、温かな光。
 それが黒い瘴気を包み込み、ゆっくりと溶かしていく。

 ざわついていた瘴気が、静かに薄れていった。

「なっ……」
「瘴気が、消えていく……!」

 妖たちが息を呑む。

 薄れていく闇の隙間から、はじめてその姿が見えた。

 白銀の髪。
 そして、その額から伸びる二本の漆黒の鬼角。
 禍々しくも美しいその角からは、隠し切れない妖気が滲んでいた。
 
 透けるような白い肌。
 しかし肌には、墨を滲ませたような黒い痕がいくつも浮かんでいた。

 年の頃は、十三、四ほどだろうか。
 細く華奢な身体は、広い寝台の上ではひどく小さく見えた。

 伏せられた長い睫毛。
 色を失った唇。
 白い喉が、苦しげに上下している。

 その顔立ちは、息を呑むほど整っていた。

 けれど美しさと隣り合わせで、どこか危うい。
 まるで少し触れれば、そのまま壊れてしまいそうな儚さがある。

 実際、身体は限界に近いのだろう。
 周囲には、はっきりと視認できるほどの濃い瘴気が淀んでいる。

 本来、瘴気を自浄する力があるはずの妖。

 ――こんな姿を、初めて見た。
 
 それなのに。
 この場を支配しているのは、間違いなくこの”紫鬼”だった。
 静かに横たわっているだけで、空気そのものが張り詰めている。

 この屋敷にいるどの妖よりも。
 誰よりも。
 圧倒的に、“格”が違う。

 けれど。
 何より目を奪われたのは、あの紫の瞳だった。
 深く、美しく、吸い込まれそうな色。

(きっと、この瞬間)

 奈津は思う。

(紫の瞳が、私をとらえた時から――)

 私の人生は、始まった。