あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜


 幼い姿には似つかわしくない、空気を震わせるような声音。

 奈津は答えられなかった。
 見つめ合った、その瞬間。

 奈津を射抜いていた紫の瞳が、不意に大きく揺れた。

「っ、う……ぐ……!」

 次の瞬間。
 ぶわり、と黒い瘴気が噴き出す。
 
「紫鬼様……!」

 周囲の妖たちが悲鳴を上げる。
 先ほど一瞬静まったはずの瘴気が、再び荒れ狂い始めていた。
 黒い靄が室内を埋め尽くす。

「う、あ……っ」

 駆け寄ろうとした妖たちが、その場へ膝をついた。

「瘴気が強すぎる……!」

「近づけない……!」

 苦しげな呻き声が上がる。
 
「……いい」

 紫鬼は瘴気の中心で呼吸を乱しながら、低く言った。

「近寄るな……」

 それでも瘴気は止まらない。

 空気が軋む。
 畳が黒く染まり、障子がびりびりと震えていた。

「コマ!」

 誰かが怒鳴る。

「人間なんか連れてきて、どういうつもりだ!」

 奈津ははっと顔を上げた。

 コマ――あの小さな妖の名前だった。
 
 コマは奈津を庇うように前へ出る。
 琥珀色の瞳を真っ直ぐ妖たちへ向け、震える声で言った。

「この方は……“癒し子”かもしれません」

 ざわり、と場が揺れる。

「癒し子だって!?」
「そんな馬鹿な……!」
「おとぎ話じゃなかったのか……!?」

 疑いと動揺が入り混じった声が飛び交う。

 奈津は戸惑った。

(……癒し子……)

 やはり、聞いたことのない言葉だった。

コマは必死に続ける。

「瘴気に触れても蝕まれず、それどころか浄化する力……伝承に残る癒し子様の力と一致しています」

 そう言って、苦しむ紫鬼を見つめる。

「妖たちの間では、今、“瘴気病”と呼ばれる奇病が広がっているのです」

 コマの声は震えていた。

「瘴気に侵され、徐々に理性を失い……やがて命を落とす病です」

 奈津は息を呑む。
 そして、黒い瘴気に包まれた紫鬼を見る。

 短く繰り返される、苦しげな呼吸。
 けれど、瘴気の隙間からこちらを射抜く視線は、一度も逸らされることがなかった。

「堂目道家当主である紫鬼様ですら、病の進行を止めることはできませんでした」

 堂目道家。
 奈津も、その名だけは知っていた。

 妖たちを統べる鬼の一族。
 幽世の頂点に立つ存在。
 
 まさか、その当主が。

「今は少しでも力の消費を抑えるため、このような幼い姿を取っておられます。ですが……」

 コマがぎゅっと拳を握る。

「もう長くは……」

 次の瞬間。
 コマは奈津へ頭を下げた。

「お願いします……!」

 額が畳へつくほど、深く。

「どうか紫鬼様を、お救いください……!」