「みんな集合!」
放課後の練習が始まる前、顧問の先生が部員たちを集めた。
「顔を知っている者もいると思うが、今日から新しいメンバーが加わることになった。事情があって秋大会までの間だけだが、朝と放課後の練習に来てくれるそうだ。大会では保志とダブルスに出場する予定だ。――自己紹介、いいか」
「はい」
鳴神先輩がスッと前に出る。二重のきれいな目で部員たちを見回すと、ピリッと空気が引き締まる気がした。
「二年一組の鳴神雪也です。事情があって短い間ですが、みんなの力になれるよう頑張ります。よろしくお願いします」
深々と頭を下げると二年生の間から大きな拍手が上がった。おれたち一年もつられて手を叩く。
秋大会までの期間限定。
参加するのは朝練と放課後練習。休日練習にはこない。
あんなに上手いのに幽霊部員のまま。
事情――って、なんだろう?
首を傾げていると後ろの一年たちがこんな話をしていた。
「あの人知ってる。同中だったけどシングルスで県大会準優勝して全国大会までいったんだ。横断幕下がって学校中大騒ぎだったもん」
「へぇー。そんなに上手い人がなんで部員じゃないんだ?」
「なんか事件起こしたらしいぜ? 暴力事件とかなんとか。昔から何考えてるか分かんない感じだったし、突然キレたんじゃないか?」
「うわ、怖ぇ……! 近づかないでおこう」
二人は冷やかして笑っているが、とても信じられなかった。
前顧問を殴った? まさか。先輩はラケットを拾い、倒れたおれに手を差し伸べてくれた。
あまり表情が変わらないから怖い人に見えるけど、一つ一つのプレーは丁寧だし、アドバイスも的確だ。あれだけ動いても息一つ乱してなかったのは普段から体を鍛えていたからだろう。そんな人がむやみに暴力を振るうとは思えない。
「……ンなわけねぇだろが」
ぞっとするような低い声が聞こえた。びっくりして隣を見ると伊吹部長と目が合った。
「ん、どうした保志?」
ニコニコと人懐こい笑顔を浮かべる。
さっき聞こえた低い声は聞き間違いかな。
「――気になるか? ユッキーの事情」
おれの肩を抱いて小声で話しかけてくる。
当然、気になる。どんな事情を抱えていても試合をする分には影響ないけど、もうちょっと深いとこまで知りたいと思ってしまう。
でも。
「……直接聞きます」
本人が知られたくないことかもしれないし、部長の口から説明してもらうのも違う気がする。
「くく、保志ってほんといい奴だよな」
こらえきれないように笑って、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜてくる。
「ちょっ、やめてくださいよ! 癖毛がひどくなるじゃないですか! ただでさえ汗かいてボサボサなのに」
「悪い悪い。つい可愛くて」
「まったく、からかわないでくださいよ!」
手のひらで髪を整えていると不意に鳴神先輩と目が合った。
じっ、とおれを見ている。なんだろう。
「話は以上だ。練習に戻っていい。――部長ペアと保志はちょっと残ってくれ」
顧問の先生に言われてその場に留まっていると、鳴神先輩が肩を並べてきた。
「今日から保志は鳴神とダブルスを組むことになった。秋大会まで時間がないところで悪いが、ひとまず部長ペアと試合してみないか?」
「いきなり部長ペアと対戦ですか!?」
部長ペアは夏大会で県大会ベスト4に入った最強ダブルスだ。
「いいですね。ユッキーと保志のダブルス結成記念にオレたちが相手してやりますよ!」
部長はノリノリだ。とてもイヤだと言える雰囲気じゃない。
でもこの四人の中では圧倒的におれだけ実力不足だ。きっと足を引っ張ってしまう。
どうしよう。
心臓の鼓動が早くなり、指先が冷たくなる。
いざコートに入ってからも頭の中が真っ白だった。
「保志」
みかねた先輩が視線を合わせるように屈みこんでくる。
「緊張しなくていい。お互いのプレイスタイルや現時点でのレベルを把握するのが目的だし、勝敗に関わらず学ぶことは多いはずだ。楽しんでやろう」
ぽん、と優しく肩に手を置く。
「それに考えてもみろ。もし結成初日のペアが勝ったら、部長ペアはとてつもなくレベルが低いことになってしまう」
「もしもーし! 聞こえてるんですけどー!! オレたち弱くないんですけどー!!」
部長がラケットを振り上げて抗議している。ペアの人に「まぁまぁ」となだめられている様子を見ていたら、ふっ、と心が軽くなった。
「だいじょうぶだ。保志がミスしても俺がカバーする。逆に俺が空振りしたら保志は笑ってくれていい」
「いや、先輩が空振りなんて想像できないんですけど」
「そういうこともある。だれも完璧じゃない。だから保志も気負わなくていい。そのために俺がいるんだ。信じて、頼って、大いに利用してくれ」
さらっ、と髪を撫でて離れていった。
先輩、優しいな。
胸の奥にじわりと熱が拡がる。さっきまで冷えきっていた指先は熱いくらいだ。
髪を撫でられた。部長にかき混ぜられた時はイヤだったけど、どうしてだろう、相手が先輩だとイヤじゃない。もっと撫でて欲しいって思ってしまう。
「ラブオール、プレー」
先生の号令で試合が始まった。
サーブはおれだ。落ち着け、深呼吸。
サーブ時のハンドサインは部員みんな同じものを使っているから、ショートサーブを意味する親指を立てる。
トン、とライン際にサーブを打った。
通常の場合、シャトルを受けたレシーバーは球を高く上げて体勢を整えることが多い。
「甘いな保志」
でもレシーバーの部長は意地悪だった。あるいはおれの球が甘かったのか、敢えてネット際に落としてきた。
「うわっ!」
意表を突かれたおれはぎりぎり拾ったけど、甘く浮いてしまった。
やばい、叩かれる。
「もーらい」
ジャンプスマッシュで鋭く打たれたシャトル。
もうダメだと思った直後、先輩のラケットが受け止めてくれた。はじき返されたシャトルは再び打たれるけど、全部先輩が返してくれる。すごいレシーブだ。
「保志、体勢を立て直せ」
「は、はい」
サイドバイサイドの体勢をとり、ひたすら球を受け続ける。
「しぶとい!」
部長の返球が浮いた。おれはすかさず前に出て斜め下にラケットを振りかぶった。シャトルは部長ペアの間に突き刺さる。
「1-0」
初得点だ。
「ナイスプッシュ」
先輩が手を挙げている。
「ありがとうございます!」
手を挙げてハイタッチすると、体の底から喜びがあふれてきた。
すごい、この人、おれの失敗をフォローしてくれただけでなく、あんなに激しい猛攻に耐えてチャンスを作ってくれた。
「この調子でどんどんいこう。遠慮することはない」
「はい!」
――その後はペアとしての力の差が出て、防戦一方のままチャンスらしいチャンスを作れないまま負けてしまった。
試合後の反省会で先輩はおれを労ってくれた。
「当然予想できた結果だ。気にすることはない。現状を踏まえて大会までに改善していけばいい。保志はよく動いてた」
「はい、ありがとうございます」
ダブルスはペア同士の相性によって動き方が変わってくる。悠斗と組んでいた時はおれが守ってチャンスを作って悠斗が攻撃するパターンが多かったけど、先輩とは真逆のパターンだった。
背の高い先輩がネット前に貼り付いていると、浮き球を警戒して相手は高い球ばかり打ってくる。だからおれは好きなだけスマッシュを打てた。魔法がかかったみたいに動きやすくて、楽しかった。
でも勝負である以上は負けたら意味がない。もっともっと強くなりたい。
放課後の練習が始まる前、顧問の先生が部員たちを集めた。
「顔を知っている者もいると思うが、今日から新しいメンバーが加わることになった。事情があって秋大会までの間だけだが、朝と放課後の練習に来てくれるそうだ。大会では保志とダブルスに出場する予定だ。――自己紹介、いいか」
「はい」
鳴神先輩がスッと前に出る。二重のきれいな目で部員たちを見回すと、ピリッと空気が引き締まる気がした。
「二年一組の鳴神雪也です。事情があって短い間ですが、みんなの力になれるよう頑張ります。よろしくお願いします」
深々と頭を下げると二年生の間から大きな拍手が上がった。おれたち一年もつられて手を叩く。
秋大会までの期間限定。
参加するのは朝練と放課後練習。休日練習にはこない。
あんなに上手いのに幽霊部員のまま。
事情――って、なんだろう?
首を傾げていると後ろの一年たちがこんな話をしていた。
「あの人知ってる。同中だったけどシングルスで県大会準優勝して全国大会までいったんだ。横断幕下がって学校中大騒ぎだったもん」
「へぇー。そんなに上手い人がなんで部員じゃないんだ?」
「なんか事件起こしたらしいぜ? 暴力事件とかなんとか。昔から何考えてるか分かんない感じだったし、突然キレたんじゃないか?」
「うわ、怖ぇ……! 近づかないでおこう」
二人は冷やかして笑っているが、とても信じられなかった。
前顧問を殴った? まさか。先輩はラケットを拾い、倒れたおれに手を差し伸べてくれた。
あまり表情が変わらないから怖い人に見えるけど、一つ一つのプレーは丁寧だし、アドバイスも的確だ。あれだけ動いても息一つ乱してなかったのは普段から体を鍛えていたからだろう。そんな人がむやみに暴力を振るうとは思えない。
「……ンなわけねぇだろが」
ぞっとするような低い声が聞こえた。びっくりして隣を見ると伊吹部長と目が合った。
「ん、どうした保志?」
ニコニコと人懐こい笑顔を浮かべる。
さっき聞こえた低い声は聞き間違いかな。
「――気になるか? ユッキーの事情」
おれの肩を抱いて小声で話しかけてくる。
当然、気になる。どんな事情を抱えていても試合をする分には影響ないけど、もうちょっと深いとこまで知りたいと思ってしまう。
でも。
「……直接聞きます」
本人が知られたくないことかもしれないし、部長の口から説明してもらうのも違う気がする。
「くく、保志ってほんといい奴だよな」
こらえきれないように笑って、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜてくる。
「ちょっ、やめてくださいよ! 癖毛がひどくなるじゃないですか! ただでさえ汗かいてボサボサなのに」
「悪い悪い。つい可愛くて」
「まったく、からかわないでくださいよ!」
手のひらで髪を整えていると不意に鳴神先輩と目が合った。
じっ、とおれを見ている。なんだろう。
「話は以上だ。練習に戻っていい。――部長ペアと保志はちょっと残ってくれ」
顧問の先生に言われてその場に留まっていると、鳴神先輩が肩を並べてきた。
「今日から保志は鳴神とダブルスを組むことになった。秋大会まで時間がないところで悪いが、ひとまず部長ペアと試合してみないか?」
「いきなり部長ペアと対戦ですか!?」
部長ペアは夏大会で県大会ベスト4に入った最強ダブルスだ。
「いいですね。ユッキーと保志のダブルス結成記念にオレたちが相手してやりますよ!」
部長はノリノリだ。とてもイヤだと言える雰囲気じゃない。
でもこの四人の中では圧倒的におれだけ実力不足だ。きっと足を引っ張ってしまう。
どうしよう。
心臓の鼓動が早くなり、指先が冷たくなる。
いざコートに入ってからも頭の中が真っ白だった。
「保志」
みかねた先輩が視線を合わせるように屈みこんでくる。
「緊張しなくていい。お互いのプレイスタイルや現時点でのレベルを把握するのが目的だし、勝敗に関わらず学ぶことは多いはずだ。楽しんでやろう」
ぽん、と優しく肩に手を置く。
「それに考えてもみろ。もし結成初日のペアが勝ったら、部長ペアはとてつもなくレベルが低いことになってしまう」
「もしもーし! 聞こえてるんですけどー!! オレたち弱くないんですけどー!!」
部長がラケットを振り上げて抗議している。ペアの人に「まぁまぁ」となだめられている様子を見ていたら、ふっ、と心が軽くなった。
「だいじょうぶだ。保志がミスしても俺がカバーする。逆に俺が空振りしたら保志は笑ってくれていい」
「いや、先輩が空振りなんて想像できないんですけど」
「そういうこともある。だれも完璧じゃない。だから保志も気負わなくていい。そのために俺がいるんだ。信じて、頼って、大いに利用してくれ」
さらっ、と髪を撫でて離れていった。
先輩、優しいな。
胸の奥にじわりと熱が拡がる。さっきまで冷えきっていた指先は熱いくらいだ。
髪を撫でられた。部長にかき混ぜられた時はイヤだったけど、どうしてだろう、相手が先輩だとイヤじゃない。もっと撫でて欲しいって思ってしまう。
「ラブオール、プレー」
先生の号令で試合が始まった。
サーブはおれだ。落ち着け、深呼吸。
サーブ時のハンドサインは部員みんな同じものを使っているから、ショートサーブを意味する親指を立てる。
トン、とライン際にサーブを打った。
通常の場合、シャトルを受けたレシーバーは球を高く上げて体勢を整えることが多い。
「甘いな保志」
でもレシーバーの部長は意地悪だった。あるいはおれの球が甘かったのか、敢えてネット際に落としてきた。
「うわっ!」
意表を突かれたおれはぎりぎり拾ったけど、甘く浮いてしまった。
やばい、叩かれる。
「もーらい」
ジャンプスマッシュで鋭く打たれたシャトル。
もうダメだと思った直後、先輩のラケットが受け止めてくれた。はじき返されたシャトルは再び打たれるけど、全部先輩が返してくれる。すごいレシーブだ。
「保志、体勢を立て直せ」
「は、はい」
サイドバイサイドの体勢をとり、ひたすら球を受け続ける。
「しぶとい!」
部長の返球が浮いた。おれはすかさず前に出て斜め下にラケットを振りかぶった。シャトルは部長ペアの間に突き刺さる。
「1-0」
初得点だ。
「ナイスプッシュ」
先輩が手を挙げている。
「ありがとうございます!」
手を挙げてハイタッチすると、体の底から喜びがあふれてきた。
すごい、この人、おれの失敗をフォローしてくれただけでなく、あんなに激しい猛攻に耐えてチャンスを作ってくれた。
「この調子でどんどんいこう。遠慮することはない」
「はい!」
――その後はペアとしての力の差が出て、防戦一方のままチャンスらしいチャンスを作れないまま負けてしまった。
試合後の反省会で先輩はおれを労ってくれた。
「当然予想できた結果だ。気にすることはない。現状を踏まえて大会までに改善していけばいい。保志はよく動いてた」
「はい、ありがとうございます」
ダブルスはペア同士の相性によって動き方が変わってくる。悠斗と組んでいた時はおれが守ってチャンスを作って悠斗が攻撃するパターンが多かったけど、先輩とは真逆のパターンだった。
背の高い先輩がネット前に貼り付いていると、浮き球を警戒して相手は高い球ばかり打ってくる。だからおれは好きなだけスマッシュを打てた。魔法がかかったみたいに動きやすくて、楽しかった。
でも勝負である以上は負けたら意味がない。もっともっと強くなりたい。

