急いで準備運動とストレッチを済ませ、ラケットを掴んでコートに向かった。
「よし、やるか」
鳴神先輩は左右の腕を回して筋を伸ばしている。肩の筋肉がもりもり動いてすごいな。どうやったらあんなに鍛えられるんだろう。
「まずドライブから。気張らなくていいからいつも通り打ってくれ」
ネットを挟んで立ち、水平にシャトルを打ち合う。パシ、パシ、と小気味よく響くリズム。おれがアホみたいなところに打ってもあっさり拾ってくる。やっぱりめちゃくちゃ上手い。
「もっとラケットをコンパクトに振れ」
「はい」
「フォアとバッグでシャトルの当たる位置が違う。ラケットの真ん中に当てる意識で」
「りょ、了解です」
「腕だけじゃなくて下半身のフットワークも意識しろ」
「こうですか」
「いいぞ。そのまま続けろ」
淡泊な言い方だけど、的確に指示してくれるからすごくやりやすい。どんな球でも正確に返してくる。こんなに長くラリーが続くのは初めてだ。相方の悠斗とドライブする時はすぐにネットに引っかかったんだよな。
「よし、このまま一ゲーム試合やるぞ、どんどん打ってこい」
間髪入れずコン、と高くシャトルを上げた。いきなり試合形式かよ。
普通だったら突然すぎますぅ……と弱腰になるところだけど、今日のおれはちょっと違う。
――次期エース候補。なんて素晴らしい響きなんだ。
「よっしゃあ、やってやりますよー!!」
がぜん燃えてきた。だって基礎練よりも試合の方が何倍も楽しいんだから!!
パアン、と高らかにクリアを打った。後ろのラインギリギリを狙う技だ。同じフォームでネット際に落とすカットは相手の意表を突けるし、ネット際でのヘアピンの攻防は痺れる、それになんといっても目が醒めるようなスマッシュが決まった瞬間は最高だ。
次期エースの実力、見せてやるぜ!
「すません…………調子に乗ったおれが悪かったです」
ラケットを放り投げてコートに倒れ込んだ。もう一歩も動けない。完敗だ。
待って待って、おれさ、運動神経の良さにはちょーっとだけ自信があったんですけど? 中学のソフトテニス部では県大会でベスト8に入ったこともあったし、夏季大会では他校の三年生に勝ったこともあったんですけど??
なのに一点も取れなかった。
低い弾道のクリアでコートの端に追い詰められ、得意なカットでネット際に落としたもののあっさり拾われてネット際の攻防に持ち込まれ、甘く浮いた球は容赦なく叩かれた。
ならばと不意打ちのショートサーブを狙うもあっさり対応され、苦し紛れに打ったクリアは鋭いスマッシュで決められた。
バドミントンはシャトルを打つだけじゃなく、シャトルがくる場所にいかに早く動くかが大事だ。先輩は長い脚を駆使してあっという間に移動し、余裕をもって打ってくる。おれが打つありとあらゆる球が先輩を引き立てるサービスショットに思えたほどだ。
悔しい。もっと強くなりたい。
「保志。さっさと起きろ」
顔を上げると先輩がおれのラケットを拾ってくれていた。
「悔しい気持ちは分かるが反省会はコートを出てからにしろ。ほら」
膝をついて手を伸ばしてくる。この人、口ぶりは乱暴だけど案外優しいんだな。
差し出された先輩の手には幾つものマメがある。きっと数えきれないくらいラケットを握ってきたのだろう。次期エースだと言われて浮かれてる場合じゃなかった。まだ全然届かない。
「すません。ありがとうございます」
大きな手のひらに自分の手を重ねるときゅっと強く握り締められた。なかなか離してくれない。手を重ねたまましばらく見つめあう形になる。
深い色の瞳で、じっ、とおれを見ている。
「先輩?」
「――あ、いや。なんでもない。少し休憩しよう」
慌てたように手を放してくれた。一体なんだろう、と思いつつタオルを掴んで壁際に座った。用意していたスポドリに口をつけると思った以上に喉が渇いていた。
「保志、いくつか指摘したいことがある」
隣に腰を下ろした先輩はたったいまシャワー浴びてきましたとでも言わんばかりの涼しげな顔だ。おれは疲労困憊で汗だくなのに、だ。技術面もだけど体力面でもこんなに差があるのか。
「まずクリアとカットがバレバレだ。次に打つところを一瞬目視する癖に気づいているか? だから狙いがすぐ分かる」
「マジですか? 全く意識してなかったです」
「次に配球も甘い。打ったあとの対応を深く考えてないだろう。特にスマッシュ。これで決めきる、という意識をもつのはいいが、常に返球があることを考えるべきだ。何も考えてないから慌てるんだ」
「う……、ごもっともです」
「挙句、苦し紛れの球は全てこっちの打ちやすいところに返ってきている。まるでトドメを刺してくれと言わんばかりに甘い球ばかりだ。他にもいろいろ改善すべき点はある」
うううう、悔しいけど、全部心当たりがある。
先輩はたった一ゲームでここまで分析したのか? すごい。なんて観察眼だ。
イキってた自分が恥ずかしくなってきた。穴があったら入りたい気分だ。タオルを顔に押しつけてため息をついた。
「……だが、想像以上の才能を感じたのも事実だ」
およ?
「バドを始めて半年だと聞いたが、フットワークは軽いし、体にバネがある。体力や粘り強さもあって、何より、最後まで諦めない姿勢がいい。普通だったら捨てるような球に意地でもラケットを伸ばす姿は尊敬に値する」
およよ?
「自信をもっていい。これからどんどん伸びていくだろう。次期エースになる日も遠くないな」
「……おれ、もしかして褒められてます?」
「そうだが?」
当たり前だろ、と言わんばかりに腕を組む。無表情のまま。
「そんな怖い顔で?……あっ」
口にしてからヤバイ、と思ったが先輩は「悪かったな」と唇を尖らせた。
「これは遺伝だ。父親に似て眉間に皺が寄りやすいんだ」
困惑したように腕を解くと、親指と人差し指で眉間を揉むような仕草を見せる。この人、おれのノリに合わせてくれる結構いい人なのでは?
「質問いいですか? さっき幽霊部員って言ってましたけど、なんで急に来ようと思ったんですか?」
「俺? そうだな……頼まれたから、と答えるのは簡単だが面白味がないな」
顎に手を当てて宙を見ている。
「敢えて言うなら『会い』に来たんだ――保志大輝に」
口元が緩んでほんの一瞬笑みを浮かべる。
どきっ、と心臓が鳴った。おれに会いに来た? それってどういう意味だろう?
「よし、やるか」
鳴神先輩は左右の腕を回して筋を伸ばしている。肩の筋肉がもりもり動いてすごいな。どうやったらあんなに鍛えられるんだろう。
「まずドライブから。気張らなくていいからいつも通り打ってくれ」
ネットを挟んで立ち、水平にシャトルを打ち合う。パシ、パシ、と小気味よく響くリズム。おれがアホみたいなところに打ってもあっさり拾ってくる。やっぱりめちゃくちゃ上手い。
「もっとラケットをコンパクトに振れ」
「はい」
「フォアとバッグでシャトルの当たる位置が違う。ラケットの真ん中に当てる意識で」
「りょ、了解です」
「腕だけじゃなくて下半身のフットワークも意識しろ」
「こうですか」
「いいぞ。そのまま続けろ」
淡泊な言い方だけど、的確に指示してくれるからすごくやりやすい。どんな球でも正確に返してくる。こんなに長くラリーが続くのは初めてだ。相方の悠斗とドライブする時はすぐにネットに引っかかったんだよな。
「よし、このまま一ゲーム試合やるぞ、どんどん打ってこい」
間髪入れずコン、と高くシャトルを上げた。いきなり試合形式かよ。
普通だったら突然すぎますぅ……と弱腰になるところだけど、今日のおれはちょっと違う。
――次期エース候補。なんて素晴らしい響きなんだ。
「よっしゃあ、やってやりますよー!!」
がぜん燃えてきた。だって基礎練よりも試合の方が何倍も楽しいんだから!!
パアン、と高らかにクリアを打った。後ろのラインギリギリを狙う技だ。同じフォームでネット際に落とすカットは相手の意表を突けるし、ネット際でのヘアピンの攻防は痺れる、それになんといっても目が醒めるようなスマッシュが決まった瞬間は最高だ。
次期エースの実力、見せてやるぜ!
「すません…………調子に乗ったおれが悪かったです」
ラケットを放り投げてコートに倒れ込んだ。もう一歩も動けない。完敗だ。
待って待って、おれさ、運動神経の良さにはちょーっとだけ自信があったんですけど? 中学のソフトテニス部では県大会でベスト8に入ったこともあったし、夏季大会では他校の三年生に勝ったこともあったんですけど??
なのに一点も取れなかった。
低い弾道のクリアでコートの端に追い詰められ、得意なカットでネット際に落としたもののあっさり拾われてネット際の攻防に持ち込まれ、甘く浮いた球は容赦なく叩かれた。
ならばと不意打ちのショートサーブを狙うもあっさり対応され、苦し紛れに打ったクリアは鋭いスマッシュで決められた。
バドミントンはシャトルを打つだけじゃなく、シャトルがくる場所にいかに早く動くかが大事だ。先輩は長い脚を駆使してあっという間に移動し、余裕をもって打ってくる。おれが打つありとあらゆる球が先輩を引き立てるサービスショットに思えたほどだ。
悔しい。もっと強くなりたい。
「保志。さっさと起きろ」
顔を上げると先輩がおれのラケットを拾ってくれていた。
「悔しい気持ちは分かるが反省会はコートを出てからにしろ。ほら」
膝をついて手を伸ばしてくる。この人、口ぶりは乱暴だけど案外優しいんだな。
差し出された先輩の手には幾つものマメがある。きっと数えきれないくらいラケットを握ってきたのだろう。次期エースだと言われて浮かれてる場合じゃなかった。まだ全然届かない。
「すません。ありがとうございます」
大きな手のひらに自分の手を重ねるときゅっと強く握り締められた。なかなか離してくれない。手を重ねたまましばらく見つめあう形になる。
深い色の瞳で、じっ、とおれを見ている。
「先輩?」
「――あ、いや。なんでもない。少し休憩しよう」
慌てたように手を放してくれた。一体なんだろう、と思いつつタオルを掴んで壁際に座った。用意していたスポドリに口をつけると思った以上に喉が渇いていた。
「保志、いくつか指摘したいことがある」
隣に腰を下ろした先輩はたったいまシャワー浴びてきましたとでも言わんばかりの涼しげな顔だ。おれは疲労困憊で汗だくなのに、だ。技術面もだけど体力面でもこんなに差があるのか。
「まずクリアとカットがバレバレだ。次に打つところを一瞬目視する癖に気づいているか? だから狙いがすぐ分かる」
「マジですか? 全く意識してなかったです」
「次に配球も甘い。打ったあとの対応を深く考えてないだろう。特にスマッシュ。これで決めきる、という意識をもつのはいいが、常に返球があることを考えるべきだ。何も考えてないから慌てるんだ」
「う……、ごもっともです」
「挙句、苦し紛れの球は全てこっちの打ちやすいところに返ってきている。まるでトドメを刺してくれと言わんばかりに甘い球ばかりだ。他にもいろいろ改善すべき点はある」
うううう、悔しいけど、全部心当たりがある。
先輩はたった一ゲームでここまで分析したのか? すごい。なんて観察眼だ。
イキってた自分が恥ずかしくなってきた。穴があったら入りたい気分だ。タオルを顔に押しつけてため息をついた。
「……だが、想像以上の才能を感じたのも事実だ」
およ?
「バドを始めて半年だと聞いたが、フットワークは軽いし、体にバネがある。体力や粘り強さもあって、何より、最後まで諦めない姿勢がいい。普通だったら捨てるような球に意地でもラケットを伸ばす姿は尊敬に値する」
およよ?
「自信をもっていい。これからどんどん伸びていくだろう。次期エースになる日も遠くないな」
「……おれ、もしかして褒められてます?」
「そうだが?」
当たり前だろ、と言わんばかりに腕を組む。無表情のまま。
「そんな怖い顔で?……あっ」
口にしてからヤバイ、と思ったが先輩は「悪かったな」と唇を尖らせた。
「これは遺伝だ。父親に似て眉間に皺が寄りやすいんだ」
困惑したように腕を解くと、親指と人差し指で眉間を揉むような仕草を見せる。この人、おれのノリに合わせてくれる結構いい人なのでは?
「質問いいですか? さっき幽霊部員って言ってましたけど、なんで急に来ようと思ったんですか?」
「俺? そうだな……頼まれたから、と答えるのは簡単だが面白味がないな」
顎に手を当てて宙を見ている。
「敢えて言うなら『会い』に来たんだ――保志大輝に」
口元が緩んでほんの一瞬笑みを浮かべる。
どきっ、と心臓が鳴った。おれに会いに来た? それってどういう意味だろう?

