先輩、この恋も期間限定ですか?

「ゲーム。マッチ・ウォン・バイ鳴神、保志ペア。21-11、21-16」
 勝利が決まった瞬間、膝から崩れ落ちてしまった。
「やったな、保志!」
 先輩が抱き上げてくれる。涙で目の前がぐしゃぐしゃだけど、先輩も目元が赤い。
「はい! 嬉しいです!」
 抱き合って喜びを分け合った。
 相手チームを握手してコートを出ると部長たちが駆け寄ってきた。
「やったな! 第一シード撃破だ! 快挙だぜ!」
 ぎゅーっと抱きしめられる。嬉しいけど痛い。
「離れろ」
 ベリッと引き剥がされた。先輩はまるで「俺のものだ」と言わんばかりにおれを抱き寄せる。部長の目つきが変わる。
「ははーん、なるほどね」
「何が、なるほどなんだ」
「いんや、こっちの話。それよりさっき榊原が車で帰っていったぜ。まだ勝ち残っている選手もいるのにひどい顧問だよな。まぁオレのペアとユッキーたちのペアで倒しちゃうけど」
「調子に乗るな。さっさと試合に行け」
 しっしっ、と手の甲を払われた部長は「へいへい」と頷きながら立ち去る。
「保志、よく頑張ったな。だがまだ試合が残っている。最後まで頑張ろう」
「……はい。そうですね、最後まで」
 そう、最後なのだ。


   ※   ※   ※


 次の試合は辛くも勝利したけど、準決勝ではおれのミスがたたってファイナルゲームで負けてしまった。
 全試合が終わり、顧問の白石先生が体育館の外にみんなを集めた。
「よし、みんな今日はよく頑張った。伊吹ペアは準優勝おめでとう。鳴神ペアはあと少しだったな。明日もシングルスの試合があるから気を抜かないように。――鳴神は今日までだったな。何か挨拶はあるか?」
「――はい」
 先輩は一歩前に出る。整列したみんなをゆっくり見回す姿は初日と同じだけど、今日は涙ぐんでいる。
「明日も試合を控えているので一言だけ。短い間でしたがお世話になりました。久しぶりの部活も試合も、とても楽しくて興奮しました。自分にとってバドミントンは大切なものだと改めて気づかされました。本当にありがとうございます。……特に、保志。俺のペアでいてくれてありがとう。絶対に忘れない」
 涙があふれそうになるのを必死にこらえた。
 部長がぽん、と肩を叩いてくれる。
「オレたちは残ってもうちょっと練習していくから、二人は先に帰れよ。部長命令だ。いいな。寄り道しながらゆっくり帰るんだぞ」
「……ありがとうございます」

 部長の後押しを受けて、おれたちは肩を並べて歩き出した。おれも先輩も何も言わない。車道を走り抜ける車のエンジン音が二人の間をすり抜けていく。
「保志、お腹空いてないか?」
 歩き出して五分は経っただろうか。やっと先輩が口を開いた。
 近くのコンビニを指し示すので本当は空腹どころじゃなかったけど「めちゃくちゃ空いてます」と嘘をついた。
「先輩のお勧め教えてください。腹ペコなのでいっぱい食べたいです」
「そうだな、タンパク質がとれる焼きそばパンと疲労回復に適したあんぱんがいいだろう。ハムや卵が入ったミックスサンドも悪くない」
「じゃあそれで」
 先輩に勧められたものを次々とカゴに放り込んで会計した。いつもの倍以上の出費になったけど少しでも時間を稼げたらそれでいい。
 レジ袋を掲げて近くの公園に入った。バスケやスケボーを賑わう若者たちを横目に、ひと気のないベンチに座る。
 周りは賑やかなのにおれたちの間には会話がない。
 焼きそばパンにもあんぱんにも手が伸びなかった。新たに買ったスポドリの中身だけが減っていく。
「保志」
 やっと先輩が動いた。こっちを見て、どこか悲しそうに笑う。
「今日はお疲れ様。本当によく頑張ったな」
「いいえ、先輩のお陰ですよ。先輩が励ましてくれなかったら桜花高校には負けてました。……最後もおれのミスで負けたようなものですけど」
「それでも少しでも長くプレーできて嬉しかった。だから何度でもお礼を言いたいんだ。ありがとう、ほんとうに」
 そっと手が重なってきた。
 ああだめだ、泣きそう。このまま時間が停まってしまえばいいのに。先輩がいない明日を考えたくない。
「――おれ、は……」
 横隔膜が震えた。
 もうダメだ。我慢できない。
 自分の気持ちを抑えることなんてできない。期間限定の恋なんてイヤだ。だってこんなに好きなんだから。
 おれは無我夢中で先輩の手を掴んだ。
「やっぱりイヤです! もっと一緒にいたい。ずっと隣にいて欲しい! だっておれは――!」
「保志」
 不意に腕を引かれた。
 背中を腕を回され、包み込むように抱きしめられる。
「保志、好きだ」
「…………え?」
 耳を疑った。
 まさか先輩から告白されるなんて、都合のいい夢としか思えない。
 でも、抱きしめてくる腕の強さは紛れもない現実だ。
「本当は言うつもりはなかった。俺は、五月の大会で初めて目にしたときからずっと気になってた。今回ペアを引き受けたのも保志が相手だったからだ。もっと知りたいと思った。そして、知れば知るほど惹かれていって、気がついたら好きになってた。どうしようもなく」
 抱きしめる力が更に強くなる。
「でも、去る立場の俺から告白されたら保志にとっては迷惑だろう。重荷になりたくなかった。だからこのまま何も言わないつもりだったのに、我慢できなかった。俺は自分でも思った以上に諦めが悪かったようだ」
 声が震えて、今にも泣きだしそうだ。
 こんなに不安そうな先輩をはじめて見る。
「先輩」
 とくん、と胸が揺れた。
 おれが先輩を想っていたように、先輩もおれを想ってくれたんだ。
「ずるいですよ、先輩」
「そうだな、一方的に告白されて迷惑だよな」
「違います。おれが先に言いたかったんです。先輩のことが大好きだって」
「保志が……俺を……?」
 急に体を引き離した。よほどびっくりしたのか、目を白黒させている。
「ペアは似てくるって言ったじゃないですか」
 点が入った喜びもミスした悔しさも敗れた悲しみも勝利した歓喜もすべて二人で分かち合う。それがダブルスだ。おれはこれからも先輩と苦楽を共にしていきたい。
「……これは言おうか迷ったんだが、さっきの大会、父が観に来ていたらしい」
「先輩のお父さんが?」
「ああ。妹が教えてくれた。俺はいままで自分がバドを諦めれば全てうまく収まると思っていたが、バドミントンを好きな気持ちは抑えきれなかった。だから、きちんと話をしてみようと思う。父とも、自分の心とも。――それに、社会人サークルの人からスポーツ財団から支援金を受ける術があると教えてもらった。家庭のこともあって今すぐというわけではないが、そう遠くないうちに正式にバド部に戻りたいと思っている。――だからその時はまたペアを組んでくれるか?」
 不安と期待が入り混じったような表情だった。
 先輩はいずれ戻ってきてくれる。バド部に。おれの隣に。
 優しく頬を撫でられた瞬間、また泣きそうになった。
 でもこれだけはちゃんと言いたい。
「おれ、待ってます。先輩が戻ってきた時に弱いって言われないよう、もっともっと強くなります!」