先輩、この恋も期間限定ですか?

「え!? おれだけ大会に出られない……ですかっ!!??」
 体育館中に響き渡る声にみんなが一斉に振り向いた。
「保志(ほし)、こえがでかい」
 顧問の白石先生が呆れ顔で小突いてくる。今年からバドミントン部の顧問になった若い男の先生で、年の近い兄ちゃんみたいだ。
「すんません、びっくりして。……なんでおれだけ出られないんですか? 悪いことやらかした記憶はないんですけど」
 おれは保志大輝。月丘高校の一年だ。中学まではソフトテニス部、高校では心機一転バドミントン部に入部した。自分でも手応えを感じていた矢先に大会に出られないと告げられたのだ。ショックすぎる。
 先生はこほんと咳払いして手元のタブレットに視線を落とした。
「早とちりするな、シングルスは当然出てもらう。問題はダブルスだ。――昨日の練習試合で足を挫いた益岡だが、病院にかかったところ骨折だったらしい」
「悠斗が?」
 益岡悠斗はダブルスのペアだ。クラスも同じで、同学年の中ではいちばん仲が良い。
 昨日の練習試合中に転倒し、足を引きずって体育館を後にした悠斗。夜になって『大丈夫だったか?』とメッセージを入れたら既読がついたけど返事はなかった。今日の休日練習にも来ていない。
「疲労骨折だそうだ。順調に回復したとしても全治まで二、三ヶ月かかる。秋の大会まで残り一ヶ月。大会に出るのは難しいだろう。男子バド部は偶数人だから、一人欠けるとどうしてもあぶれてしまう」
「……そう……ですか」
 ラケットを握る手が震えた。相手がいなければダブルスには出られない。
 悔しいのは悠斗も同じだろう。夏の大会では二回戦で負けてしまって、次は絶対に勝ちたいって言っていたのに。
「益岡も、保志に申し訳ないと言っていた。顧問としても残念だ。保志は今が一番伸び盛りの時期で、ダブルスもシングルスも一試合でも多く経験してもらいたいところだが、相手がいないことには……」
 こればかりは仕方ない。
 分かりました、と頷こうとした時、後ろから肩を叩かれた。
「先生、オレに妙案があります」
 二年生の伊吹先輩――いや、夏の大会が終わって三年生が引退したから伊吹新部長だ。アイドル顔負けの長身イケメンで、髪の毛が長いので練習中はいつも一つ結びにしている。
 大きな目と童顔のせいで女子に間違われるおれとは大違いだ。
「助っ人が必要なんですよね? アイツに声を掛けてみますよ」
 『アイツ』と聞いて先生が顔を曇らせた。
「大丈夫か?」
「ええ、きっと力になってくれると思いますよ。それに保志とならいいペアになるはずです、勘ですけど」
 ちらっと目配せしてくる。
 おれは何のことか分からず首を傾げるしかなかった。


   ※   ※   ※


「おっはようございまーす!」
 翌朝、おれは誰よりも早く体育館へやってきた。
 朝練は自主参加だが、駅から学校までランニングして体を温め、キリッとした冷たい体育館の空気を吸うのが日課だった。他の部員たちが来るまでにネットを立てて準備しておくのだが……、
「おはよ」
 誰もいないはずの体育館から返事があった。
 朝日がきらきら差し込む体育館の中に黒いシャツの男の人がいる。バドミントンの支柱を立ててネットを広げているところだった。初めて見る顔だ。
 だれ? っていうか、だれ? 不審者?
 一瞬スマホで助けを呼ぶべきか迷ったけど、バド部愛用のTシャツを着ているし、壁際にラケットやシャトルも置いてある。そもそも不審者が律儀にネットを張る理由がない。
 もしかして入部希望者? 夏休みも終わったこの時期に?
「どうした?」
 固まっているおれを不思議そうに振り向く。
 髪は短く借り上げており、すっと通った鼻筋と切れ長の目のイケメンだ。がっしりした体つきからして一年生ではないだろう。なんだかよく分からないけど怪しくはなさそう、と判断してラケットを置いて駆け寄った。
「手伝います。――ところで、どちらさまですか?」
 ネットの端を拾いながら声を掛けると、相手は驚いたように二、三度瞬きした。
「……聞いてないのか?」
 腹に響くような低い声。結構好きかも。
「聞く? 誰からですか?」
「ちっ。あの野郎、ちゃんと説明しておくから安心しろって言ったくせに」
 眉間にシワを寄せて表情を曇らせた。不機嫌な顔でもサマになるのはずるい。
「仕方ない」
 小さくため息をつくとおれに向き直った。喉仏がぐっと飛び出して、すらりと背が高い。おれより頭一つ分高いので、180センチ以上あるんじゃないだろうか。
「俺は二年の鳴神 雪也(なるかみ ゆきや)。バド部の幽霊部員だ」
「幽霊……部員……??」
「事情があってサボっていた。よろしく頼む」
 サボってた、という割に黒いハーフパンツから伸びる脚は惚れ惚れするくらい締まっている。支柱を支える腕も彫刻みたいにキレイな筋肉がついていて、運動が出来る人だと分かる。
 それにしてもバド部(うち)に幽霊部員がいるなんて初耳だぞ? しかもこんなに目立つ容姿の……。
「どうした保志大輝。ネットが弛んだままだぞ?」
「あ、すみません!……ってなんでおれの名前知ってるんですか? 前にどこかで会ったことあります?」
「さぁ、どうだろうな」
 一瞬口角が上がったように見えたけどすぐに表情を引き締めた。ピン、とネットを張ってロープを固定すると、吸い込まれそうな黒い瞳でおれを見つめてきた。
「次期エース候補と聞いたが、ひとまず実力をみたい。軽く打つぞ」
「え? 次期エース……?」
「残りのコートは俺が張っておく。準備できたらすぐ来い」
 手の甲を払って、早くいけとばかりに追いやられる。一体なにが起きているんだ?