中学の同級生とルームメイトになった話。

壱哉とルームメイトになってから2ヶ月。

部屋の模様替えをすることになった。
というのも俺の成績が振るわず、担任の香澄(かすみ)先生こと、みーちゃんに「中川と同室なのに勉強を教えてもらわない手はない!」と言われてしまったからだ。

そんなこんなで、2人で相談して、机を横並びに配置することにした。
俺の本棚は相変わらずガラガラだから、そのまま持ち上げて、壱哉の本棚の横につける。
その空いたスペースに壱哉の机を持ってくるのだが、これがわりと大変だった。
まず、机自体が相当重い。
木製で、正面の薄い引き出しだけでなく、横にも4段の引き出しがついている。
そのすべてに、解き直したテスト用紙やら過去問のプリントやら、なんと中学のときの教科書やノートまで入っている。勉強につまずいたときに見返せるようにとのこと。
おい、偉すぎるぞ!
上に乗ってる、本棚に入りきらない本や、引き出しの中身を全部出し、ようやく2人でも持ち上げられる重さになった。
「イチ、行くよ。せ〜の!!」
えっちらおっちらと動かし、目的の場所に配置すると
「「よっしゃーー!」」
とハイタッチする。
合格発表の時以来の達成感に包まれるが
「お〜い、まだ終わりじゃないぞ」
と壱哉に言われて、現実に引き戻された。
目の前には小山のように、引き出しの中身が……

「イチはなんでこんなに勉強してるんだ?将来なりたいものがあるのか?」
懐かしい教科書をしゃがんで拾いながら、なんとはなしに聞く。
「あ〜、……うん」
壱哉は曖昧に返事をする。
あんまり話したくないことなのかもしれない。
そのままこの話題は終わるのかと思いきや、次の瞬間バッと俺の目をまっすぐ見つめた。
「俺、医者になりたいんだ」
揺るぎない声で言ったその瞳の中に、キラキラとした星のような光が見えて、俺はパチパチと瞬きする。
「すげーな、お前。なんでそう思ったの?何かきっかけがあったの?」
「俺の父親が医者なんだよ。だから…子供のころから、お前も医者を目指せって言われてて…」
だんだん声が小さくなり、視線を下げようとする壱哉。
俺は思わず、その頬を両手で包んで、グイッと上を向かせた。
「それでそんなに頑張れんの?お父さんに言われてきたからって、ただそれだけじゃないんだろ?」
本音が聞きたくて、目を離さずに問う。
だって、さっきの瞳の輝きは気のせいなんかじゃないから。
壱哉が声を揺らした。
「それだけじゃ、ない。俺自身が医者になりたいと思ってる。……こんなこと言うと、ありきたりだし、おこがましいって思われるかもしれないけど……人の命を救うってすげぇことだと思うから」
その答えを聞いて、どこか安心した気持ちで、ふっと手を離す。
その手を壱哉の手が追いかけてきて、ぎゅっと握られた。
「ナツは笑わないんだね」
「はぁ?なんで笑うんだよ!」
耳に飛び込んできた言葉に衝撃を受けて、ズキリと頭が痛む。
「似合わないとか、らしくないとか」
誰かにそんなこと言われたのか?
それはさすがに、聞き捨てならねーぞ!
「似合うとか、似合わないとか、そんなの他人が評価することじゃねーだろ?お前はかっこいいよ!子供の時から、ヘラヘラしながら裏では努力してたんだろ?そういうの見せないとこもかっこいいし、そういうのが見えてもかっこいい!」
俺は伝わってほしくて真剣に話した。
しばらく無言で見つめ合うと、壱哉の頬がじわじわと赤く染まり、我慢できないというように口角が上がる。
と、思ったらガクッと顔を俯けた。
そうそう、壱哉はこうだよな!
胸の中がムズムズし、耐えきれずに頭を撫でる。
すぐにやめようと思ったけど、壱哉が聞き間違いかと思うほど小さな声で「そのままで」と言ったから、俺の気が済むまでワシャワシャと撫でてやった。

「…あのさ、イチがすげー頑張ってるのは分かるけど、息抜きとかできてんのか?」
「息抜きかぁ、あんまり考えてなかったかも」
「ちゃんと考えろ!勉強ばっかりじゃ息が詰まるだろ。何か楽しみがないと」
言いながら、部屋の中を見回す。
「……あれ?」
そこで、ハッと気づいて立ち上がり、俺たちの手が離れた。
「イチ、ミナミちゃんはどうした?そういえば1個もグッズがないじゃん」
今まで、どこか違和感があった。
中学の時はロッカーに祭壇を作っていたし、リュックにキーホルダーがついていたり、ペンケースにもオリジナルの文房具を忍ばせていたのに。
「あぁ」
壱哉はなんとも気の抜けた返事をして立ち上がる。
俺は責め立てるようにその胸元に詰め寄り
「ミナミちゃんはお前のオアシスだろ〜がよぉ」
と絶望的な声を上げると、束の間、物言いたげに見つめられた。
「家に置いてきたよ」
「なんで?ルームメイトに引かれると思った?俺なら引かないから家から送ってもらえよ」
壱哉は眉尻を下げて、ふっとほどけるように微笑む。
「いいんだよ。誰かさんに、沼から引き上げられちゃったからな」
どういうことだ?
ずいぶん遠回しな言い方だ。
「はぁ?まさかお前、本当に高校3年間を勉強だけに捧げるつもりなのか!?」
「そんなわけないじゃん。勉強も遊びも……恋愛も、全部するつもり。そのために育高に来たんだし」
それを聞いて、肩からすっと力が抜ける。俺は壱哉から離れて、ふーっと安堵のため息をついた。
夢に向かって猛勉強するのはいいけど、それだけじゃ、そのうち潰れてしまう。
「それならいいけどさぁ、なおさら俺なんかに勉強教えてる場合じゃないだろ。お前、大忙しじゃん。こうやって話してる時間も無駄じゃね?」
3年間は長いようで短い。
壱哉の目指してるものを知った今、1秒たりとも時間を無駄にしてほしくなかった。
「う〜ん……でも、話してる時間も、勉強教える時間も、その一環だから」
俺の心配をよそに、さっきまでとは違う余裕の笑顔。
お前は本当にたいしたやつだよ。