中学の同級生とルームメイトになった話。

「おぉーい、次体育!」
鍛治原に言われ、ハッと顔を上げた。

ジャージに着替えて、ゾロゾロと体育館に移動する。
今日の体育は隣のクラスと合同で、交流を兼ねたバスケをするらしい。
なんで技が必要なバスケなんだ?
交流のためと言うなら、ドッジボールとか鬼ごっこだっていいじゃないか。
はっきり言って、俺はバスケが苦手だ。
逃げるのは得意なのに。
「日向、バスケ部だろ?俺、ドリブルできないからボール受け取ったらすぐパスしていい?」
振り返って後ろを歩く日向を見上げる。
「ははは、ゆうと同じこと言ってるなぁ」
日向は苦笑いしながら、鍛治原に水を向けた。
「だってドリブルすると顔に跳ね返ってきそうで怖ぇーんだもん。なんであんなに弾むわけ?」
「弾まなきゃドリブルできないから!ゆうはちっちゃいくせに強く突きすぎるんだよ」
「オレはちっちゃくねぇ!はーくんがデケェだけ!」
かじはじコンビのやりとりは、親子みたいでいつも微笑ましい。
なんて言ったら怒られそうだけど、鍛治原って怒ってても可愛いよな。
なんだろう、つい構いたくなるというか。

宣言通り、日向にパスを送り続けていたら、できないやつということが早々にバレたようだ。
鍛治原と2人して、ポイッとコートから出され、応援に回されてしまった。
まぁ、俺としては願ったり叶ったり。
バスケは格闘技と例えられることもあるくらい、激しいスポーツだ。
高校の、しかも体育のバスケくらいなら大丈夫だろうけど、あの中に入ってボールを追いかける勇気はまだない。
さすがに日向はさっきから得点を決めまくってる。
隣のクラスのバスケ部らしいやつと、鬼気迫る攻防を繰り広げているが、日向はバスケ部の中でも上位なんだろうな。
素人から見てもそれが分かった。
「はーくんは当たり前に上手いけど……やっぱ、ずりぃよ。いっちー」
鍛治原が試合を見ながら、ふてくされたように呟く。
そう、意外なのが壱哉だった。
バスケ部のやつらほどではないが、コート内を素早く動き回り、何回か得点を決めている。
その顔は真剣そのもので、男の俺から見てもかっこいい。
「んー、だな。さすがに俺もそれは認めるわ」
「いっちーって中学のとき何部だったん?」
俺は思い出すように天井を見上げるが、記憶の中にはない。
「いやぁ、分からない。たぶん、運動部じゃなかった気がする。イメージだけど」
「なんだよ、なっつんっていっちーと仲良いんじゃなかったのかよ」
ははは、と愛想笑いでごまかす。
部活どころか、体育のときの壱哉の印象すらないぞ。
あいつがやたら仲良しアピールするから、マブダチみたいに思われているらしい。
「仲良くなったの、卒業の1ヶ月前だから」
正直に言いながら、自分の両腕をさすった。
たいして動かないまま追い出されて、しかもさっきから冷たい床に座っているから寒くなってきた。
教室が暖かかったから、上着置いてきちゃったし。
「はぁ〜、俺も筋トレしようかな」
張りのない腕をさすりながら言うと
「オレはしてるぞ!ほれ!」
鍛治原はTシャツの袖をまくって、力こぶを作ってみせる。
けれど、お世辞にも鍛えているとは言えない細腕だ。
何もしてない俺のほうがまだあるな。
そう思って同じように力こぶを作ってみるが、残念ながら似たようなものだった。
「がっはっは!なんだよ、弱っちいなぁ」
「ちょっ、俺はそもそも鍛えてないから!鍛治原よりは見込みあるだろ」
ほれほれ、と自分の腕をつつく。
鍛治原は俺のヨワヨワな上腕二頭筋を、グニグニと遠慮なく握ってきた。
おお、温かい。
鍛治原は体温が高いらしく、そんなところも子供みたいだ。

「ナツ!!」
その時、他のやつと交代したらしい壱哉が、こっちに走ってきた。
「あっつぅ」と言いながら上着を脱ぎ、俺と鍛治原の間のわずかなスペースに無理やり座り込んでくる。
「ちょっと、おい!せまっ!」
鍛治原が文句を言うが、壱哉はどこ吹く風だ。
それから、脱いだ上着を「着てて」と、俺の肩にかけてきた。
「おぉ、ありがたい」
遠慮なく温まらせてもらおう。
「イチって運動得意だったの?知らなかったんだけど」
「得意っていうか…別に嫌いじゃないよ。気晴らしになるし」
なんでもないことのように壱哉は言った。
「くぁ〜!気晴らしであんなにうまいとか、やっぱずりぃじゃん!」
鍛治原が悶絶するように拳を握る。
俺は両手で襟を引き寄せ、口元まで埋めるようにすると、無意識にスンッと鼻で息を吸った。
「何?ごめん、汗臭い?あんま嗅がれると恥ずいんだけど」
「いんや、イチのにおいがするな〜と思って。俺、このにおい好き」
思ったまま出てきた言葉だったが、壱哉は俺を見つめたまま、目を見開いて固まってしまった。
「え?どうした?イチ?」
その向こうでは、鍛治原がやれやれというように呆れ笑いをしながら首を振っている。
「おいおい!まったく罪な男だぜ、なっつんは」
そう言って、壱哉の背中を「バシンッ!」と、まあまあ強めにたたく。
それが合図かのように、壱哉はわなわなと、体育座りしている自分のひざに顔を埋めてしまった。

「おーい!」
どうやら試合が終わったらしく、日向がTシャツの袖で汗を拭いながら駆け寄ってくる。
俺たちのところまで来ると
「3人でそんなに固まって……って、いっちーはどうしたの?」
と、顔を上げない壱哉に目を丸くした。
鍛治原がわけ知り顔で「ふっ」と笑い
「こいつはなぁ、青い春を満喫中なのよぉ!青春の苦しみってやつ?ほれ、まいでんててぃだよ」
は?なんだ、それは?
鍛治原はたまにオヤジくさい話し方をする。
「それを言うなら、アイデンティティだろ?」
日向が目尻を細めながら、鍛治原の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「おい!やめろよ!人の頭を気安く撫でるんじゃねぇ」
そう言いながらも、ゆるんだ口角を隠せないようだ。
日向もそれが分かっているから、撫でる手を止めない。
いいなぁ……なぜか羨ましく思いながら、その様子を見つめる。
ハイデンチチだかホイデンテテだか知らないけど…
「イチ?大丈夫か?疲れた?」
顔を覗き込むようにして声をかけると、壱哉は何も言わずに首を横に振った。
触れている肩と足が温かくて、いつまでもこうしていたいと思う。
どこか安心するようなにおいに包まれて、うつらうつらしてきたところで、終業のチャイムが鳴った。