グラスが触れ合う澄んだ音があちこちで聞こえている。
寮の食堂では立食形式の歓迎会が行われていた。
乾杯の音頭をとったのは、寮長で3年の鴇沢颯先輩。
長めの黒髪をハーフアップにしていて、はっきり言ってイケメン。2年早く生まれただけで、こんなに大人っぽいものなのか。
ほぇ〜っと見惚れていると
「食べながらでいいから聞いてねー」
と、低く落ち着いた声で、寮内設備や規則の説明が始まった。
食事や入浴、門限などだ。門限は夜9時。そのあと、10時には各部屋ごとに点呼が行われ、揃っていないと2人ともペナルティが課せられる。
厳しいようだが、集団生活なんてそんなものだろう。
その他にも細々した説明があり、それらが終わると、総勢36人が集まる食堂はより賑やかになった。
「ナツ、これ食べてみてよ。すげぇうまい」
おいしそうな料理を前にして、壱哉がはしゃいでいる。
「まじで?一口ちょうだい」
俺の皿は他の料理でいっぱいだったから、壱哉に顔を向けて口を開けた。
そんなにおいしいなら今すぐ食べたい。
「えぇ?!ちょっ、待って!」
壱哉は「あー」とか「うー」とか変な声を出していて、いつまでたっても俺の口にそのうまい料理が運ばれない。
ちょっと恥ずかしくなってきて口を閉じると
「これ?はい、あーん」
と、いつの間にかすぐ近くにいた鴇沢先輩が箸を近づけてきた。
あーんの掛け声に、反射的に口を開ける。
「んっ!うん、確かにうまい!」
「ふふ、良かったね」
先輩は見た目通り、穏やかで優しい人のようだ。
それに身長が高い。俺たちより頭一つ分は飛び抜けている。
「鴇沢先輩!ありがとうございます」
「どういたしまして。鴇沢って言いづらいでしょ?颯でいいよ。……君たち、新入生だよね?」
「そうです。俺が浅間夏太郎で、こいつが……」
「中川壱哉っす」
心なしか、壱哉の声が低い。
「よろしくね。夏太郎って可愛い名前だね。ナツって呼んでもいい?」
「いいで……っ?!」
「だめです。こいつのことは浅間って呼んでください。鴇沢先輩」
いいですよ、と言おうとしたとき、俺と先輩の間に壱哉がすーっと割り込んできた。謎の圧を感じる。
先輩もそれを感じたのか、苦笑いしながら一歩後ろへ下がった。俺は慌てて壱哉の肩を押して
「ちょっとイチ!先輩に失礼だろ!ナツでもなんでも好きに呼んでください」
と言った。
先輩はにこやかな笑顔で
「ナツくんに、イチくんだね。2人は仲が良いんだね」
「そうなんです。同じ中学で、めちゃくちゃ仲良しなんですよ」
口を開こうとしたとき、先に答えたのは壱哉だった。
めちゃくちゃ仲良し、とはずいぶん語弊があるぞ。
たった1ヶ月、隣の席になっただけじゃんか。
横目で壱哉を睨むが、飄々とした顔でジュースを飲んでいる。
そんな俺たちを交互に見て
「あっはは!君たち、面白いね!」
と、先輩はさわやかに笑った。
笑うと目尻が細くなって、さっきよりも幼い印象になる。
こりゃ、とんでもなくモテるな。
「そうですね、イチは面白いですよ。素直なやつなんで、笑ったり怒ったり…見てて飽きないです。たまに挙動不審だけど」
今度こそ俺が答える。
「な!!」と壱哉に笑いかけると、目を丸くしてそっぽを向いてしまった。
その耳の先が赤くなっているのを確認して
「ほら、可愛いやつでしょ?からかうと面白いんですよ」
と、先輩に向き直る。
ちょっとだけ、さっきの仕返しだ。
「ちょ、ちょっとナツ、急にデレるのやめて」
壱哉が小さい声でモゴモゴ言った。
周りが賑やかだから、はっきりとは聞こえなかったけど。
「そっか、仲良しな2人で、同じ高校にしたんだね」
「あ、そういうわけじゃないんですよ」
俺は急いで顔の前で手を振った。
そんなことで進路を合わせたなんて思われたくない。
「ホントにたまたまで、まさかイチも育高とは思わなくて、昨日ここにきて初めて知ったんです」
隣を肘でつつきながら弁明する。
壱哉は俺の意図に気づいていないみたいで、天井の照明なんか眺めていた。
おい!フォローしろよ!
「そうなんだね。でも、別にいいと思うよ。友情や愛情が原動力になることは昔からよくあるし、それが悪いこととは思わない」
ほぇ〜!分かったような分からないような……
でも、先輩が見た目だけじゃなく、中身も大人なんだってことだけはよく分かる。
隣で壱哉がゴクッと喉を鳴らす音が聞こえて、俺も気になって天井を見上げた。
「イチって誰にでもへらへらしてると思ってたけど、なんで颯先輩にはあんな態度悪いんだよ」
あの後、1時間ほどで歓迎会はお開きになり、部屋に戻ってきた。
先輩は最後に「なにか困ったことがあったらいつでも相談して」と親切に言ったのだが、壱哉が「間に合ってまーす」と答えて、また先輩を引かせていた。
「……颯先輩」
「それに!俺の後ろばっかりついてきて。実は人見知りなのか?」
こいつは俺が自己紹介する度に「同中で同室の中川壱哉です」と横から口出し。
おかげで「2人はニコイチなんだね」と変な認識をされてしまった。
「ご、ごめん…」
しょんぼりした顔で素直に謝られて、どうにも力が抜ける。
「いや、別にいいけど。でも先輩には愛想良くしといたほうがいいんじゃないか?俺が言えることじゃないけど」
そう、俺が言えることじゃない。
中学のときは、誰に対しても愛想なんてなかった。
でも、高校では変わりたいと思っている。
逆に壱哉は、先輩に可愛がられ、後輩には懐かれ、同級生からもマスコット的存在として扱われていたのに。
「もしかして、イチも変わりたいと思ってる?」
昨日触れた壱哉の筋肉を思い出す。
「俺も、って?ナツは変わりたいの?」
「…先に言っておくけど、俺、高校ではキャラ変するつもりだから」
俺の言葉に、壱哉は目を見開いた。
「へぇ、どんなキャラ?」
そう聞かれて「うーん」と唸り、天井を見上げる。
具体的に考えていたわけではなかった。
「そうだな…友達欲しいし…もっと明るくて、可愛げのある人間になりたい」
ってこれ、まんま壱哉だなぁ。
目の前にいい見本がいるんじゃないか。
そう考えながら見つめると、壱哉は目を細めて「ふっ」と微笑んだ。
「なぁんだ。ナツは中学の時から充分かわ…………」
「川?なんだよ」
眉を顰めて、何か言い淀んだ壱哉に問い正す。
すると、いきなりガバっと両腕で顔を隠してしまった。
「うわっ!びっくりした。………イチ?大丈夫か?」
それきり動かないから心配になって、腕を開こうと掴むが、俺の力では無理らしい。
諦めてため息をつくと
「ほっといてください〜」
と、壱哉が弱々しい声で言った。
おーい、またこれか。
目の前にある茶髪を一度だけ撫でると、中学の時と変わらず柔らかかった。
寮の食堂では立食形式の歓迎会が行われていた。
乾杯の音頭をとったのは、寮長で3年の鴇沢颯先輩。
長めの黒髪をハーフアップにしていて、はっきり言ってイケメン。2年早く生まれただけで、こんなに大人っぽいものなのか。
ほぇ〜っと見惚れていると
「食べながらでいいから聞いてねー」
と、低く落ち着いた声で、寮内設備や規則の説明が始まった。
食事や入浴、門限などだ。門限は夜9時。そのあと、10時には各部屋ごとに点呼が行われ、揃っていないと2人ともペナルティが課せられる。
厳しいようだが、集団生活なんてそんなものだろう。
その他にも細々した説明があり、それらが終わると、総勢36人が集まる食堂はより賑やかになった。
「ナツ、これ食べてみてよ。すげぇうまい」
おいしそうな料理を前にして、壱哉がはしゃいでいる。
「まじで?一口ちょうだい」
俺の皿は他の料理でいっぱいだったから、壱哉に顔を向けて口を開けた。
そんなにおいしいなら今すぐ食べたい。
「えぇ?!ちょっ、待って!」
壱哉は「あー」とか「うー」とか変な声を出していて、いつまでたっても俺の口にそのうまい料理が運ばれない。
ちょっと恥ずかしくなってきて口を閉じると
「これ?はい、あーん」
と、いつの間にかすぐ近くにいた鴇沢先輩が箸を近づけてきた。
あーんの掛け声に、反射的に口を開ける。
「んっ!うん、確かにうまい!」
「ふふ、良かったね」
先輩は見た目通り、穏やかで優しい人のようだ。
それに身長が高い。俺たちより頭一つ分は飛び抜けている。
「鴇沢先輩!ありがとうございます」
「どういたしまして。鴇沢って言いづらいでしょ?颯でいいよ。……君たち、新入生だよね?」
「そうです。俺が浅間夏太郎で、こいつが……」
「中川壱哉っす」
心なしか、壱哉の声が低い。
「よろしくね。夏太郎って可愛い名前だね。ナツって呼んでもいい?」
「いいで……っ?!」
「だめです。こいつのことは浅間って呼んでください。鴇沢先輩」
いいですよ、と言おうとしたとき、俺と先輩の間に壱哉がすーっと割り込んできた。謎の圧を感じる。
先輩もそれを感じたのか、苦笑いしながら一歩後ろへ下がった。俺は慌てて壱哉の肩を押して
「ちょっとイチ!先輩に失礼だろ!ナツでもなんでも好きに呼んでください」
と言った。
先輩はにこやかな笑顔で
「ナツくんに、イチくんだね。2人は仲が良いんだね」
「そうなんです。同じ中学で、めちゃくちゃ仲良しなんですよ」
口を開こうとしたとき、先に答えたのは壱哉だった。
めちゃくちゃ仲良し、とはずいぶん語弊があるぞ。
たった1ヶ月、隣の席になっただけじゃんか。
横目で壱哉を睨むが、飄々とした顔でジュースを飲んでいる。
そんな俺たちを交互に見て
「あっはは!君たち、面白いね!」
と、先輩はさわやかに笑った。
笑うと目尻が細くなって、さっきよりも幼い印象になる。
こりゃ、とんでもなくモテるな。
「そうですね、イチは面白いですよ。素直なやつなんで、笑ったり怒ったり…見てて飽きないです。たまに挙動不審だけど」
今度こそ俺が答える。
「な!!」と壱哉に笑いかけると、目を丸くしてそっぽを向いてしまった。
その耳の先が赤くなっているのを確認して
「ほら、可愛いやつでしょ?からかうと面白いんですよ」
と、先輩に向き直る。
ちょっとだけ、さっきの仕返しだ。
「ちょ、ちょっとナツ、急にデレるのやめて」
壱哉が小さい声でモゴモゴ言った。
周りが賑やかだから、はっきりとは聞こえなかったけど。
「そっか、仲良しな2人で、同じ高校にしたんだね」
「あ、そういうわけじゃないんですよ」
俺は急いで顔の前で手を振った。
そんなことで進路を合わせたなんて思われたくない。
「ホントにたまたまで、まさかイチも育高とは思わなくて、昨日ここにきて初めて知ったんです」
隣を肘でつつきながら弁明する。
壱哉は俺の意図に気づいていないみたいで、天井の照明なんか眺めていた。
おい!フォローしろよ!
「そうなんだね。でも、別にいいと思うよ。友情や愛情が原動力になることは昔からよくあるし、それが悪いこととは思わない」
ほぇ〜!分かったような分からないような……
でも、先輩が見た目だけじゃなく、中身も大人なんだってことだけはよく分かる。
隣で壱哉がゴクッと喉を鳴らす音が聞こえて、俺も気になって天井を見上げた。
「イチって誰にでもへらへらしてると思ってたけど、なんで颯先輩にはあんな態度悪いんだよ」
あの後、1時間ほどで歓迎会はお開きになり、部屋に戻ってきた。
先輩は最後に「なにか困ったことがあったらいつでも相談して」と親切に言ったのだが、壱哉が「間に合ってまーす」と答えて、また先輩を引かせていた。
「……颯先輩」
「それに!俺の後ろばっかりついてきて。実は人見知りなのか?」
こいつは俺が自己紹介する度に「同中で同室の中川壱哉です」と横から口出し。
おかげで「2人はニコイチなんだね」と変な認識をされてしまった。
「ご、ごめん…」
しょんぼりした顔で素直に謝られて、どうにも力が抜ける。
「いや、別にいいけど。でも先輩には愛想良くしといたほうがいいんじゃないか?俺が言えることじゃないけど」
そう、俺が言えることじゃない。
中学のときは、誰に対しても愛想なんてなかった。
でも、高校では変わりたいと思っている。
逆に壱哉は、先輩に可愛がられ、後輩には懐かれ、同級生からもマスコット的存在として扱われていたのに。
「もしかして、イチも変わりたいと思ってる?」
昨日触れた壱哉の筋肉を思い出す。
「俺も、って?ナツは変わりたいの?」
「…先に言っておくけど、俺、高校ではキャラ変するつもりだから」
俺の言葉に、壱哉は目を見開いた。
「へぇ、どんなキャラ?」
そう聞かれて「うーん」と唸り、天井を見上げる。
具体的に考えていたわけではなかった。
「そうだな…友達欲しいし…もっと明るくて、可愛げのある人間になりたい」
ってこれ、まんま壱哉だなぁ。
目の前にいい見本がいるんじゃないか。
そう考えながら見つめると、壱哉は目を細めて「ふっ」と微笑んだ。
「なぁんだ。ナツは中学の時から充分かわ…………」
「川?なんだよ」
眉を顰めて、何か言い淀んだ壱哉に問い正す。
すると、いきなりガバっと両腕で顔を隠してしまった。
「うわっ!びっくりした。………イチ?大丈夫か?」
それきり動かないから心配になって、腕を開こうと掴むが、俺の力では無理らしい。
諦めてため息をつくと
「ほっといてください〜」
と、壱哉が弱々しい声で言った。
おーい、またこれか。
目の前にある茶髪を一度だけ撫でると、中学の時と変わらず柔らかかった。


