中学の同級生とルームメイトになった話。

『103号室 浅間夏太郎 中川壱哉』

寮の掲示板に張り出された部屋割りを見て、俺は首をひねった。
『中川壱哉』とはそんなにありきたりな名前なのだろうか。
漢字まで同じだとはすごい偶然だ。
俺はよほどこの名前に縁があるらしい。
どんなやつなんだろう。
気が合うといいけど。
勝手なイメージを膨らませながら事務室へ行って鍵を受け取る。

一足先に届いていた重い段ボールを抱えて一階の東側へ向かうと、他の部屋と同じく、何の変哲もない古びた赤茶色のドアがあった。
ドアの横には、これまた古びた汚いプレートが斜めにかかっていて『103』と刻まれてる。
「よっと」
左膝を曲げて壁につき、その上に段ボールを載せて、右手を自由にする。
ドアノブを回すが、鍵がかかっていて、まだルームメイトは来ていないらしい。
鍵を開けるべくパーカーの右ポケットに手を突っ込んだとき、片足立ちの俺は段ボールの重さに耐えられずバランスを崩した。
しかも右手はポケットの中で、とっさに出すことができない。

ああ…大人しく床に置けば良かった。
段ボールを落とすか、自分が転ぶか。
瞬時に二択を迫られ、買ったばかりのタブレットPCが入っていることを思い出す。
段ボールを守って転ぼうと決断が出たとき
「あっぶな!」
後ろからがっしりとした腕に支えられた。
それから左手と左膝が軽くなり、荷物を持ってくれたのだと分かった。
「あ!すみません、ありがとうございま…………は?!」
振り返ってお礼を言い、顔を上げたとき、1番想像していなかった『中川壱哉』が現れた。
「よっ!」
そいつは、口を開けたまま何も言えない俺に、にんまりと笑った。
「イチ!?は?なんで!?」
驚きのあまり大きい声が出てしまい、廊下にいた寮生に不審な目で見られる。
でも、俺はそれどころじゃなかった。
「とりあえず中入らない?鍵開けてよ。これ、重いし」
段ボールを持たせていることを思い出し、慌ててポケットから鍵を出す。

ドアを開けると壱哉が先に入り、段ボールをベッドの横におろした。すでにいくつかの荷物は運び込んであり、荷解きの途中の衣類や本が散乱している。
入口で立ちすくむ俺を振り返り、ニコッと笑うそいつは確かに中学時代の同級生、中川壱哉だった。
ただ、春休み中に髪を染めたらしく、明るい茶色になっている。
「こっち来れば?」
壱哉は固まったまま動かない俺の腕を取って、ベットの横まで引っ張った。
目だけで座るよう促されたけど、座ってなんかいられない。
「え?なんで?なんでいるの?」
「なんでって…受験して合格したから」
当たり前のことのように言う。
って、それは当たり前なんだけど、俺が聞きたいのはそこじゃない。
「だって、イチの第一志望って地元の私立だよね?合格したって言ってたじゃん!しかも、特待とれたって…」
すると、壱哉は片手で自分の口を押さえ、目を横にそらした。
「あ〜〜うん。そうだったんだけど……急に気が変わったっていうか、まぁ、育高の魅力に?魅せられて?みたいな」
なんだよ、煮え切らないな。

育高――育蘭高校は同じ県内だが、進路指導の先生はうちの中学からの進学実績は0だと言っていた。
電車とバスを乗り継いで3時間以上かかるうえ、今どき珍しい男子校だからだろう。
俺は地元から離れたい一心で進路希望を書いたが、親にも先生にも相当反対された。
地元にそこそこの偏差値の高校があるのに、わざわざ遠くに行く必要はないだろう、と。
そりゃそうだと思いつつ、父親のいない俺は同級生よりも早く自立したいと言って説き伏せた。

「しかも同室って……」
「それは、俺も名前見てびっくりしたし!まさかナツとルームメイトなんてな」
「俺は中川壱哉って、普通に同姓同名の別人だと思ったけど」
壱哉は突然、床に散乱した本が気になったようで
「夏太郎って珍しい名前じゃん?」
と言いながら、腰をかがめて拾っている。
「まあ、そうかもな」
いろいろ聞きたいことはあったけど、なんだか急に冷静になってきた。

改めて、ぐるりと部屋の中を見回す。
外開きのドアから玄関を入ってすぐにウォークインクローゼット、1段のベッド、机と棚が左右対称に並んでいる。
間は広めの廊下のようになっていて、突き当たりは掃き出し窓。
机は壁につけて、背中合わせになるように配置されていた。
お風呂や洗濯場、トイレは共同だから、部屋の中はシンプルな間取りだ。
左側のベッドに壱哉の服が積み重ねてあって、俺は右側を使えということだろう。
ベッドはカーテンで仕切れるようになっていた。
ナツの荷物はもうほとんど揃っているようで、空の段ボールがいくつかたたんで端に立ててある。
俺の布団やらほかの荷物は今日これから届く手筈になっていた。
入学式は3日後だから、それまでにゆっくり片付ければいい。

それより、俺はどうしても壱哉に確認したいことがあった。
「イチ、あのさ」
本を並べている背中に声をかけると、なぜかバツが悪そうな顔をして振り返る。
「なに?」
「いや、そんな構えんなよ。育高に行くって、中学のやつらに言った?」
壱哉は「ああ、そんなこと」と言って、息を吐き出した。
そんなことって、俺にとっては大事なことだ。
「誰にも言ってないよ。あ、それにナツのことも絶対言わないし。同じ学校とか、同室とか」
続けて聞きたかったことの答えを先に言われて、ほっと胸をなでおろす。
「それは……助かる」
予定が狂ったけど、偶然同じ学校になったんだから仕方ないよな。
家からの距離を考えると必然的に寮だし、同中出身だからって同室にしたんだろう。

ふと、卒業式でのやりとりを思い出す。
最後だからと満面の笑みを見せたのが、今さらながら恥ずかしくなってきた。
「まさかこんなところで会うとは思わなくて…なんか悪かったな。これから1年間よろしく」
「こちらこそよろしく。ナツと一緒で嬉しいよ」
壱哉はそう言って、俺の腕をポンポンとたたいた。