中学の同級生とルームメイトになりました

鬱々とした気分で自販機に向かうと、そこには人だかりができていた。
「あれ?先輩?」
その中心には颯先輩がいて、先輩と同じくらい大人っぽい男女に囲まれている。
オトモダチかな?
「あ、ナツくん!」
俺に気づいた先輩が、頭の上で手を振った。
視線が俺に集中して、体が硬直する。
けれど次の瞬間、ふいに伸びてきた手に頭をポンポンされた。
「え、颯の後輩?めちゃくちゃ可愛いじゃん」
「ねえねえ、名前なんて言うの?夏太郎くん?可愛い〜」
「やーん、颯と違って純粋そう。ねぇ、私も頭撫でたい」
もみくちゃにされるうちに肩の力が抜ける。
なんだか面白くなってきて、思わず「あははっ」と笑うと、「笑顔が可愛い」とか「母性本能くすぐられる」とか言われた。
親にもそんなの言われたことないんですけど。
「せ、先輩のお友達ですか?」
「そう、小学校からの腐れ縁。ごめんね、うるさいやつらで」
知らないうちに俺の手には冷えたペットボトルが握られていて、これが2年の経験の差か?と考える。
頭や肩には、肘置きか何かのように手が乗っていて、正直重いけど嫌だとは思わなかった。
「いえ、皆さん面白い人たちですね」
「そう?それなら良かった。……っと、イチくんは?」
当たり前のように聞いてくるけど、俺と壱哉はいつも一緒にいるわけじゃない。
まぁ、さっきまで一緒だったけども。
「ねえ、イチくんって?」
頭に手を乗せているオトモダチが、興味津々というように聞いてくる。
俺が口を開きかけると、先輩が先に答えた。
「ナツくんの彼氏だよ」
………え?
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
言葉の意味を理解したとき、一気に血の気が引いて、ペットボトルを持った指先が冷たくなる。
先輩、なんで?
やめてよ……
「あ、ほら、来たよ」
先輩が指差すほうに目だけ向けると、壱哉が俺を見つけて、まっすぐ走ってくるのが見えた。
頭のてっぺんから足の爪先まで震えていて、どんどん近づいてくるその顔が見れない。
「ナツ、……と颯先輩?え?」
もう無理!
思わずぎゅっと目を瞑ったとき
「ナツくんの彼氏、めっちゃイケメン!」
「イチくんだっけ?それ、着物?何やるの?面白そうなんだけど」
「あ、俺たちナンパじゃないから!そんな怖い顔しないで〜」
また頭をポンポンされ、そーっと目を開けた。
今度は壱哉がもみくちゃにされていて、着物がはだけている。
俺はぽかんとその様子を見つめていたけど、ハッと気づいて、着物の前を掴んで合わせた。
一瞬だけ静まり返った後、「ねぇ、2人とも可愛すぎるんだけど〜」「え、それヤキモチ?ヤキモチだよね?!やだ、萌える〜」と、一気にざわめきが戻る。
ここに他の生徒がいなくて良かった。
いつの間にか震えが止まっている。
ホッと息を吐いたらまたもみくちゃにされて、気づいたら俺も壱哉も声をあげて笑っていた。

「ほんっと、怖い!ほんっと、無理!」
そう言って逃げていくお客さん。
俺と壱哉のコンビネーションは完璧で、のちに鍛治原に『悲鳴製造機』と言われるほどだった。
対するかじはじコンビは、違う意味でキャーキャー言われてたらしい。
「はぁー、ぜんっ、ぜん!人が途切れないんだけど。もう疲れたよぉ」
壱哉が間仕切りの黒い布から顔だけ出している俺に文句を言ってくる。
「もうすぐ軽音のライブが始まるし、そしたら落ち着くだろ。その間は休憩してていいって。もうちょっと頑張れ。ほら、来たぞ」
タイミングを伺って、ライトのスイッチを入れる。
壱哉は険しい顔を作って、襲いかかるように両腕を上げた。
「あ、イチくんじゃん!やってるね〜」
聞こえたのは悲鳴ではなく、颯先輩のオトモダチの陽気な声だ。
「本当に来てくれたんだ」
思わず呟くと「わっ、ナツくんもいる〜」と、あっさり見つかってしまう。
「うちらこれからライブ見に行くから〜また会えたら会おうね!」
にこにこしながら手を振ってきて、俺たちも同じように振り返す。
先へ進んだ彼らが、「やだ〜!可愛い〜!!」と興奮したように叫んでいるのが聞こえた。
お化け屋敷に似つかわしくない、賑やかな余韻だけ残して、嵐のように去っていったらしい。
「ねぇねぇナツ、先輩に俺のこと、彼氏って言ったの?」
落ち武者の壱哉が、俺にだけ聞こえるように顔を寄せてくる。
「いやいやいや、言ってない。あの人が勝手に言っただけ」
「ふーん……俺は嬉しかったけど」
「俺はすげー焦った」
別れ際、オトモダチに口止めをお願いして、先輩には「意外とデリカシーないんですね」とささやかな嫌みを言った。
先輩は「え?隠してないんだと思ってた」なんてほざいてたけど。
そもそも付き合ってないんだってば!
そう思ったけど、後が面倒くさそうだから、もう放っとくことにした。
「なんかさ、あーいうふうに全然抵抗なく受け入れてくれる人たちもいるんだなって思った」
ぼそっと呟くと、壱哉が俺の頭を撫でてきて、なぜだか胸がいっぱいになる。

「あれ?ちょうど人が途切れたっぽい。もう時間?」
そう言われて時計を見ると、11時。
ライブが始まる時間だ。
「始まったね。休憩休憩〜!俺、荷物取ってくるから」
黒い布から出してた顔を引っ込めて、手探りで窓際のバッグを2つ掴む。
よし!っと思って振り向いたら、何か弾むものに額がぶつかった。
「え?何?」
「ナツ……」
頭のすぐ上から甘い声で囁かれる。
ぶつかったのは壱哉の胸だったらしく、気づいたときには、狭い空間で壁際に追いやられていた。
「ねぇ俺、すげー頑張ってるよね?ご褒美ほしい。……キスしたい」
「は?頑張ってるは頑張ってるけど、それはだめだろ」
「だって、もうずっとしてないもん」
寮でのキスは俺が禁止している。
場所が場所だけに歯止めがきかなくなりそうで。
壱哉はそれを忠実に守ってくれてるわけだけど……
「ここ、学校だぞ」
「うん、だからいいでしょ?寮じゃないから」
「おい、それ屁理屈っ!」
言うより先に、壱哉ががっしりと俺の後頭部を押さえて、正確に唇をふさいだ。
視界を奪われた暗闇の中で、唇の柔らかさと熱さと「チュッ、チュッ」という音が、鮮明に体の奥に響く。
脳みそがとろけたみたいに何も考えられなくなって、俺は壱哉の背中に腕を回した。
お互い表情は見えないけど、息遣いがだんだんと荒くなる。
その時、窓の暗幕の端がはらりとめくれて、パッと光が差した。
あ、と思うと同時に、壱哉の白い肌と欲に濡れた瞳がはっきり見えて、「きれいだな」と思う。
見つめ合うと、キスはもっと深くなって――
その時、衣擦れの音と「わっ!」と小さく叫ぶ声が聞こえて、俺たちはバッと振り向いた。
そこにいたのは日向だった。
「………っ!!!」
声にならない悲鳴をあげて、無駄だと分かっているけど、壱哉の影に隠れる。
見られた見られた見られた!!
心臓が嫌な音を立てて暴れ出した。