中学の同級生とルームメイトになりました

「ナツ、会いたかった!」
生温い風が通り抜ける公園に入ると、壱哉が俺の手を離して抱きついてきた。
壱哉の胸に顔を寄せ、思いきり深呼吸する。
俺の好きなにおいが体中に広がった。
「ナツ、嗅いでる?」
「嗅いでる」 
壱哉が「じゃあ俺も」と首筋に鼻を押し当て、すーっと息を吸い込んでくる。
が、ハッとしてその胸を押した。
「お、俺、汗臭い」
「なんで、それがいいんじゃん」
「うわ〜、変態だ」
「ナツだったらなんでもいい。ていうか、俺だって汗かいたし」
「イチはいい匂いだよ。安心する」
「俺のにおい、好き?」
「うん……」
「俺も……」
また腕の中に引き寄せられて、キュンと胸の奥が甘く疼く。
穏やかな静寂の中、外灯に集まる虫の羽音と、俺たちのいつもより早い心音だけが響いている。
「イチ」
呼びかけると、少しだけ腕を緩めて、顔を見合わせた。
「ご飯、良かったのか?」
壱哉が「ふっ」と、優しく微笑む。
「元々行かないつもりだった。ナツに会いたくて、俺も電話しようと思ってたから」
「そっか」
「電話ありがとう。でも、ナツ、いきなり切っちゃうんだもん。何回も連絡したんだけど」
ふてくされたように言われて、モゾモゾとポケットからスマホを出す。
そこには何件かの着信と、『同中のやつらがいるから駅前の公園で待ってて』というメッセージが。
「ご、ごめん!全然気づかなかった」
「ううん、走ってきたんだろ?来てくれてありがとう。あいつら見たら、ナツ絶対逃げると思ったからすげー焦ってたけど、名前呼んでくれて嬉しかった」
「あの時は必死で!女の子がイチのこと触ってたから……」
言いながら、無性に恥ずかしくなってきて下を向く。
今の俺はやけに素直だった。
夜の闇に閉ざされたこの場所が、そうさせるのだろうか。
壱哉は俺の顔を覗き込むようにして「可愛すぎる」なんて言った。
こっちは通常営業で、ホッとする。
「ていうか、皆の前であんなこと言って、大丈夫だったのか?」
「あいつらなんか、どうでもいいよ。むしろ、ナツが好きだって言いふらしたいくらいだったから、ちょうどいい」
つ、強い!
ハッと息を呑む気配がして見上げると、壱哉がオロオロしている。
「ナツ、嫌だったよね?ごめん、勝手に」
不安そうな声音に、頭を横に振って、またその胸に頬をつけた。
「嫌じゃないよ。俺だってあいつらなんかどうでもいい。イチが堂々と好きって言ってくれた時、かっこよすぎてどうでもよくなった」
「俺、かっこよかった?」
「うん、すっごく!」
壱哉がぎゅーっと抱きしめてくるから、息が苦しくて「あははっ!」と笑った。
「ね、イチ。ちょっと座って話そう」

木製のベンチは少しひんやりしていて、壱哉の手の熱さが心地良い。
「ナツ、課題ちゃんとやってる?」
壱哉に問われてギクリとする。
「まだ2週間だろ?余裕余裕」
ニカッと笑うけど、口の端がピクピクしてしまった。
壱哉は目を細めて、俺の顔をじっと見つめる。
ああ、きっと顔に全部出てるんだ。
「余裕かましてる、ってことは、進んでないってことだな」
「いや〜分かります?」
首の後ろをさすりながら、素直に認めた。
「やっぱりね。俺が教えるよ」
「え?マジで?!」
「マジマジ!」
正直、早々に煮詰まっていたからめちゃくちゃありがたい。
でも、と思う。
「いや、やっぱりいいや。イチ、勉強大変なんだろ?」
自分の夢に向かって頑張っているのに邪魔したくない、そう思って断ると、壱哉が繋いだ手を一瞬緩めて、指を絡ませてきた。
「ごめん、ただの口実。俺がナツに会いたいだけだから」
反対の手で口を隠して、俺から顔を背ける壱哉。
表情は分からないけど、きっと照れてるんだろう。
なんだよ、こいつ、すげー可愛いな。
「俺も会いたいよ。でも、まだ予備校あるんだろ?」
「いや、缶詰状態は今日まで。今度から週3回だけだから、いっぱい会いたい。それに俺、めちゃくちゃ成績いいんだよ」
「知ってるよ。お前、すげー頑張ってるもん」
「だからいいだろ?はい、約束」
半ば強引に指切りさせられ、俺も「ありがとう」と頷いた。

「あのさ、イチ。お前、勉強も遊びも恋愛もするために育高に来たって言ったよな?」
「……そ、そうだけど」
壱哉はピクリと肩を動かし、不自然に顔をそらした。
その反応を見て、頭の中のもやが少しだけ晴れる。
あの時、壱哉の話を聞いてからずっと不思議だった。
勉強や遊びはともかく、恋愛のためだったら男子校じゃなく、共学を選べば良かっただろうって。
今日になって、また新たな疑問が浮かんだ。
壱哉はいつから俺のことが好きだったんだろう。
「いつの間にか好きになってた」って言ったけど、それっていつ?
席替えで隣になってから?
それとも、もっとずっと前から?
「イチ……まさか、俺を追いかけてきた?」
壱哉は顔をそらしたまま「えっと……なんでそう思うの?」と答えをはぐらかす。
その頬に手を添えて、グイッとこっちを向かせた。
ポケットの中を探り、「ほら」と2枚の紙を差し出す。
「これ、イチだろ?」
壱哉は最初、何のことか分からないみたいに唖然としていたけど、俺が開いて見せると目を丸くした。
「うわぁ!これ、まだ持ってたの?!」
「持ってたっていうか……母さんが俺の中学の制服から見つけて、とっておいてた」
「え!ナツのお母さんに見られた?めっちゃ恥ずかしいんだけど」
壱哉は顔を真っ赤にして、頭を抱えている。
俺は「ぷっ」と吹き出して、「ていうか、認めるの早っ!」と言った。
「よ、よく分かったね、俺だって」
そう言われて、2枚の紙を上下に並べる。
上が告白、下が電話番号だ。
2枚の紙は、切れ目でぴったりと繋がる。
壱哉が「あっ」と声を漏らした。
「これも母さんが気づいて。……なぁ、卒業式のときには、俺のこと好きだったんだろ?それって、いつから?」
俺の問いかけに、壱哉は視線を地面に落としたまま、耳たぶを引っ張っている。
少ししてから、観念したように俺を見て、口を開いた。
「うぅ……正直、自分でもこの気持ちがよく分かってなかった。でも、どうしても離れたくなくて。だから、ナツを追いかけて育高に来た」
「お前、そこまでして大丈夫だったのか?」
そう言ってきゅっと唇を噛むと、壱哉は慌てたように胸の前で両手を振る。
「い、一応、候補に入ってたんだよ。でも寮だからなしかなって、思ってたんだけど……ナツが目指してるって知ったから」
「でも俺、進学先教えなかっただろ?なんで知ったんだよ」
「三者面談、俺、ナツの次だったんだよ。やけに騒いでるなと思って、気になって」
「あの大騒ぎ、聞かれてたのか」
壱哉がおずおずと頷く
「でもあの時って、俺たちまだ話したことなかったよな」
「そうだけど、言ったじゃん。ずっと話しかけたかったって。今思えば、もう好きになってたんだよ」
なるほどな。
合点した俺は、頭の後ろに手を当てて、「はぁ〜」と大きなため息をついた。
「ナツ、怒ってる?」
壱哉が眉尻を下げて、おずおずと聞いてくる。
「怒ってはねーよ。ただ、そこまでするか?って呆れてる。お前、バカだろ」
「だって、卒業したらもう会えなくなると思ったから。それにナツ、好きなんて言ったら絶対逃げるじゃん」
「でも、結局言ったじゃん」
熱を出したとき、俺は寮の部屋で壱哉に告白された。
「あの時は勢いっていうか、もう抑えきれなくて。でも、逃げられても離さないつもりだったし!」
開き直ったように言う壱哉に、ふっと笑う。
こいつ、すごい一途なやつなんだな。
そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。
「俺と、恋人になりたい?」
壱哉はぐっと言葉を飲み込むように、きつく口を噤んでから、ゆっくり息を吐き出した。
「なりたいよ。でも、ナツが怖いと思ってるうちはやめる。俺は隠したくない。ナツを好きだって堂々と言いたいし、ナツは俺のだって宣言したい。でも……」
「ん?なんだよ」
「1つわがまま言うなら、恋人みたいに触れたい。……キス、したい」
熱っぽい瞳に見つめられて、胸の奥が切ないほど、甘酸っぱくなる。
そこから熱が這い上がってくると、もう我慢できなくなって、思わず壱哉の首に両腕を回した。
「いいよ。俺もしたい」
そう言うと同時に、俺から顔を近づける。
触れるだけのキス。
一瞬のつもりだったけど、壱哉に頭の後ろを押さえられて、離れることを許してくれない。
でも、それがたまらなく嬉しくて、必死に受け止める。
キスが深くなるにつれ、壱哉のにおいが濃くなった。
ただただ安心するにおいだったはずなのに、今はゾクゾクと俺を刺激して、落ち着かなくさせる。
やっと唇を離すけど、顔の距離は近いまま。
「こ、これ以上はやばいっ!ナツを家に返せなくなる」
なんだよ、お前が離さなかったくせに。
肩で息をしながら、どちらともなく「ははっ」と笑う。
俺と壱哉の吐息が混ざって、2人の周りだけ湿度が上がったような気がした。

「俺、バカなことしちゃうくらい、ナツのこと好きなんだよ。ナツは俺のこと好き?」
壱哉の瞳が揺れて、光を反射したみたいにキラキラしている。
俺は1回だけ瞬きして、その瞳を見つめ返した。
「……うん、好きだよ」