卒業式の日のことをすっかり忘れていた。
そういえば、どっちも家で捨てるつもりで、制服のポケットに突っ込んだんだっけ。
ラブレターだなんて、これはただのいたずらだけど、母さんに見られたのは気恥ずかしい。
「その様子じゃ、ちゃんと返事してないのね。まだ連絡待ってるかもしれないわよ」
母さんに肩をたたかれても、すぐに何のことか分からなかった。
ああ、この電話番号と手紙を寄越したのが、同一人物だと思ってるんだな。
「返事っていっても、こっちは誰からか分かんねーんだよ。ロッカーに入ってたから」
「何言ってるの、なっちゃん」
母さんがやれやれというように頭を横に振る。
「どう見ても、同じルーズリーフじゃない。並べてみればすぐ分かるわよ。ほら……」
俺の手から2枚の紙を奪うと、空中で上下に並べた。
電話番号が書かれたほうの上部と、告白が書かれたほうの下部、手で雑に破かれた、なだらかな稜線を描くカーブがぴったり合わさる。
「ね?同じでしょ?」
ベッドに寝転んで、2枚の紙を合わせたり、離したりする。
これ、壱哉が書いたんだな。
俺、卒業式の日にもう告白されてたんだ。
それなのに、何事もなかったみたいな顔して友達になって、また「好き」って言われて……
なんだかすごく不思議な気分になってくる。
「たぶんって」
思わず、ははっと笑う。
言い切らないところがあいつっぽい。
今まで聞いたことなかったけど、いつから俺のこと、好きになったんだろう。
聞きたいことがたくさんあるのに……黙ったままのスマホを恨めしげに見つめる。
「会いてーなぁ……」
会って、あいつの頭をワシャワシャ撫でて、真っ赤な顔したあいつが、俺の頬を両手で包んで、俺が目を閉じると、顔が近づいて…………
無意識にそこまで想像して、バッと体を起こした。
俺、何想像してんだよ!!
心臓がドキドキして、勝手に顔が熱くなる。
「やばっ!俺、めちゃくちゃイチのこと好きじゃん!」
途端に胸の奥がくすぐったくなり、枕に顔を埋めて足をジタバタさせた。
『好き』ってこんなにすごいんだ。
嬉しくて、温かくて、自然と頬が緩んでしまう。
それなのに、溺れそうなくらい想いがどんどん溢れてきて、泣きたくなる。
壱哉もこんな気持ちで、俺に「好き」って言ったのかな。
『この人!と思ったら、絶対離しちゃだめ。受け身でいると、逃がしちゃうからね』
ふいに、母さんの言葉を思い出した。
スマホを手に取り、壱哉の電話番号を表示させる。
時刻は19時。まだ予備校にいる時間だ。
迷ったあげく電話をかけた。
『………ナツ?』
思いのほかすぐに出て、ドキッとする。
「っ!…イチ、今大丈夫なのか?」
話す言葉なんて全然考えてなかったから、声が上擦ってしまった。
『大丈夫だよ。やっと今日で短期コースが終わって、帰るところなんだ。電話くれて嬉しい』
嬉しい、と言った声が甘いような気がして、心臓がぎゅっとなる。
「イチ、会いたい。そっち行ってもいい?」
『俺も会いたいよ。でも…』
「すぐ行くから待ってて!」
俺は壱哉の返事を待たないうちに、通話を切って家を飛び出した。
ただ会いたくて、夜の道をがむしゃらに走った。
セミの鳴く声も、汗で張りつくTシャツも、何も気にならなかった。
終業式の日に「ここだよ」と教えてもらった駅前の予備校。
煌々と明かりが点いていて、入口のドアのところに何人か固まって立っている。
その中に壱哉の横顔を見つけると、数メートル手前でピタッと止まった。
膝に手をついて、息を整える。
顎を流れる汗を、手の甲で拭って、おずおずと顔を上げた。
どうしよう……
同年代の男女数人のグループの中に、壱哉がいる。
その中には、見たことがあるような顔もあった。
同中のやつらには会いたくない……
俺のいるところは暗いから、向こうからは見えないはずだ。
そうじゃなくても、話に夢中になっているようで、「キャー」とか「ワハハ」とか、楽しそうな笑い声が聞こえている。
壱哉に連絡して、こっちまで来てもらおうか。
そんなずるい考えが浮かんだとき、知らない女子が、あいつに腕を絡ませるのが見えた。
「……っイチ!!」
考える間もなく駆け寄り、喉がカラカラに渇いているのも忘れて、名前を呼ぶ。
壱哉が振り向いて、目を丸くした。
「ナツ!」
「あれ?お前って……浅間?!浅間夏太郎だよな?!」
正面にいる男子が、まじまじと俺の顔を見て、大声を上げた。
その場にいる全員が振り返り、俺にはすぐに後悔が押し寄せる。
「え、誰?」
「中学の同級生だよ。久しぶりじゃーん」
「壱哉、友達なん?」
「意外な組み合わせ〜」
「ていうか、どうしたの?」
視線が集まる中、俺は何も言えずに硬直した。
暑さが理由だけじゃない汗が、背中を伝う。
その時、壱哉が彼らの目から隠すように、俺の前に立った。
「俺が、会いたくて来てもらったんだよ」
強調するように低い声で言い、一瞬その場が静まり返る。
「なんだよ〜、だから飯行く約束すっぽかすのか?」
最初に話しかけてきた声の大きい男子が、責めるように言った。
さっきは思い出せなかったけど、1年の時、同じクラスだったやつだ。
いわゆる陽キャで、1回も話したことはない。
「最初から約束なんかしてねーだろ」
「冷たいこと言うなよ〜。ていうか、浅間も一緒に行けばいいじゃん」
縋るように手を伸ばしてきて、壱哉がそれを避けようと体をひねった時、そいつの後ろにいる女子が目に入った。
「あっ」
あじさいまつりのとき、ユメと一緒にいた同級生だ。
その子が「ねぇねぇ、浅間くんってさぁ……」と、隣の女子になにか耳打ちする。
耳打ちされた女子は、俺の顔を見て、にやっと笑った。
一瞬で血の気が引く。
一体、何を言ったんだろうか。
あの噂のこと?
よろよろと後ろによろけそうになった俺の手を、壱哉が後ろ手で繋いでくる。
「悪いけど、お前らよりナツのほうが大事だから」
また一瞬の静寂。
「なんか壱哉って変わったよな。もしかして、そいつのこと好きなの?」
そう言って笑う声には、明らかにからかいと嘲笑が混ざっていた。
さっきの女子が、「ほらね」と呟いて、勝ち誇ったような顔をしている。
俺の震える手を、壱哉がさっきよりも強く握った。
「好きだよ。今、本気で口説いてるところだから、お前ら邪魔すんなよ。……ナツ、行こう」
と、捨て台詞を言って、俺の手を握ったまま歩き出す。
はぁ?!かっこよすぎるだろ!
2週間ぶりの『好き』に、俺の胸はバカみたいにときめいてしまった。
背後から「え?マジ?」「うわ……」「きゃー!!」と言う声が聞こえたけど、俺にはもう壱哉しか見えていなかった。
そういえば、どっちも家で捨てるつもりで、制服のポケットに突っ込んだんだっけ。
ラブレターだなんて、これはただのいたずらだけど、母さんに見られたのは気恥ずかしい。
「その様子じゃ、ちゃんと返事してないのね。まだ連絡待ってるかもしれないわよ」
母さんに肩をたたかれても、すぐに何のことか分からなかった。
ああ、この電話番号と手紙を寄越したのが、同一人物だと思ってるんだな。
「返事っていっても、こっちは誰からか分かんねーんだよ。ロッカーに入ってたから」
「何言ってるの、なっちゃん」
母さんがやれやれというように頭を横に振る。
「どう見ても、同じルーズリーフじゃない。並べてみればすぐ分かるわよ。ほら……」
俺の手から2枚の紙を奪うと、空中で上下に並べた。
電話番号が書かれたほうの上部と、告白が書かれたほうの下部、手で雑に破かれた、なだらかな稜線を描くカーブがぴったり合わさる。
「ね?同じでしょ?」
ベッドに寝転んで、2枚の紙を合わせたり、離したりする。
これ、壱哉が書いたんだな。
俺、卒業式の日にもう告白されてたんだ。
それなのに、何事もなかったみたいな顔して友達になって、また「好き」って言われて……
なんだかすごく不思議な気分になってくる。
「たぶんって」
思わず、ははっと笑う。
言い切らないところがあいつっぽい。
今まで聞いたことなかったけど、いつから俺のこと、好きになったんだろう。
聞きたいことがたくさんあるのに……黙ったままのスマホを恨めしげに見つめる。
「会いてーなぁ……」
会って、あいつの頭をワシャワシャ撫でて、真っ赤な顔したあいつが、俺の頬を両手で包んで、俺が目を閉じると、顔が近づいて…………
無意識にそこまで想像して、バッと体を起こした。
俺、何想像してんだよ!!
心臓がドキドキして、勝手に顔が熱くなる。
「やばっ!俺、めちゃくちゃイチのこと好きじゃん!」
途端に胸の奥がくすぐったくなり、枕に顔を埋めて足をジタバタさせた。
『好き』ってこんなにすごいんだ。
嬉しくて、温かくて、自然と頬が緩んでしまう。
それなのに、溺れそうなくらい想いがどんどん溢れてきて、泣きたくなる。
壱哉もこんな気持ちで、俺に「好き」って言ったのかな。
『この人!と思ったら、絶対離しちゃだめ。受け身でいると、逃がしちゃうからね』
ふいに、母さんの言葉を思い出した。
スマホを手に取り、壱哉の電話番号を表示させる。
時刻は19時。まだ予備校にいる時間だ。
迷ったあげく電話をかけた。
『………ナツ?』
思いのほかすぐに出て、ドキッとする。
「っ!…イチ、今大丈夫なのか?」
話す言葉なんて全然考えてなかったから、声が上擦ってしまった。
『大丈夫だよ。やっと今日で短期コースが終わって、帰るところなんだ。電話くれて嬉しい』
嬉しい、と言った声が甘いような気がして、心臓がぎゅっとなる。
「イチ、会いたい。そっち行ってもいい?」
『俺も会いたいよ。でも…』
「すぐ行くから待ってて!」
俺は壱哉の返事を待たないうちに、通話を切って家を飛び出した。
ただ会いたくて、夜の道をがむしゃらに走った。
セミの鳴く声も、汗で張りつくTシャツも、何も気にならなかった。
終業式の日に「ここだよ」と教えてもらった駅前の予備校。
煌々と明かりが点いていて、入口のドアのところに何人か固まって立っている。
その中に壱哉の横顔を見つけると、数メートル手前でピタッと止まった。
膝に手をついて、息を整える。
顎を流れる汗を、手の甲で拭って、おずおずと顔を上げた。
どうしよう……
同年代の男女数人のグループの中に、壱哉がいる。
その中には、見たことがあるような顔もあった。
同中のやつらには会いたくない……
俺のいるところは暗いから、向こうからは見えないはずだ。
そうじゃなくても、話に夢中になっているようで、「キャー」とか「ワハハ」とか、楽しそうな笑い声が聞こえている。
壱哉に連絡して、こっちまで来てもらおうか。
そんなずるい考えが浮かんだとき、知らない女子が、あいつに腕を絡ませるのが見えた。
「……っイチ!!」
考える間もなく駆け寄り、喉がカラカラに渇いているのも忘れて、名前を呼ぶ。
壱哉が振り向いて、目を丸くした。
「ナツ!」
「あれ?お前って……浅間?!浅間夏太郎だよな?!」
正面にいる男子が、まじまじと俺の顔を見て、大声を上げた。
その場にいる全員が振り返り、俺にはすぐに後悔が押し寄せる。
「え、誰?」
「中学の同級生だよ。久しぶりじゃーん」
「壱哉、友達なん?」
「意外な組み合わせ〜」
「ていうか、どうしたの?」
視線が集まる中、俺は何も言えずに硬直した。
暑さが理由だけじゃない汗が、背中を伝う。
その時、壱哉が彼らの目から隠すように、俺の前に立った。
「俺が、会いたくて来てもらったんだよ」
強調するように低い声で言い、一瞬その場が静まり返る。
「なんだよ〜、だから飯行く約束すっぽかすのか?」
最初に話しかけてきた声の大きい男子が、責めるように言った。
さっきは思い出せなかったけど、1年の時、同じクラスだったやつだ。
いわゆる陽キャで、1回も話したことはない。
「最初から約束なんかしてねーだろ」
「冷たいこと言うなよ〜。ていうか、浅間も一緒に行けばいいじゃん」
縋るように手を伸ばしてきて、壱哉がそれを避けようと体をひねった時、そいつの後ろにいる女子が目に入った。
「あっ」
あじさいまつりのとき、ユメと一緒にいた同級生だ。
その子が「ねぇねぇ、浅間くんってさぁ……」と、隣の女子になにか耳打ちする。
耳打ちされた女子は、俺の顔を見て、にやっと笑った。
一瞬で血の気が引く。
一体、何を言ったんだろうか。
あの噂のこと?
よろよろと後ろによろけそうになった俺の手を、壱哉が後ろ手で繋いでくる。
「悪いけど、お前らよりナツのほうが大事だから」
また一瞬の静寂。
「なんか壱哉って変わったよな。もしかして、そいつのこと好きなの?」
そう言って笑う声には、明らかにからかいと嘲笑が混ざっていた。
さっきの女子が、「ほらね」と呟いて、勝ち誇ったような顔をしている。
俺の震える手を、壱哉がさっきよりも強く握った。
「好きだよ。今、本気で口説いてるところだから、お前ら邪魔すんなよ。……ナツ、行こう」
と、捨て台詞を言って、俺の手を握ったまま歩き出す。
はぁ?!かっこよすぎるだろ!
2週間ぶりの『好き』に、俺の胸はバカみたいにときめいてしまった。
背後から「え?マジ?」「うわ……」「きゃー!!」と言う声が聞こえたけど、俺にはもう壱哉しか見えていなかった。

![[超短編]推し語りしてたら幼馴染に迫られた。](https://novema.jp/img/member/1396597/krbj6xtdrp-thumb.jpg)

