西日が容赦なく差し込む部屋で、ベッドに手足を投げ出した。
机に広げたままの参考書が、夕暮れのオレンジ色に染まっている。
開け放した窓からは、部活中の中学生だろうか?いくつも重なった掛け声と、気怠そうに地面を蹴る足音が遠くに聞こえた。
カーテンを揺らす温い風が、俺の汗ばんだ額を不快に掠めていく。
「ピロン」という音がなって、ハッと目を開けた。
体を起こして、急いで机の上のスマホを取る。「ピロン、ピロン」と、続けて音が鳴り、画面には、グループLIMEの通知があらわれた。
俺と壱哉、かじはじコンビの4人のグループだ。
夏休みに入っても、時々こうやって連絡をくれるのが嬉しい。
といっても内容は、宿題のここが分からないとか、夏期講習がどうとかで、俺に答えられることはほとんどないんだけど。
俺と違って、3人とも忙しくしてるみたいだ。
特に壱哉は医学部を目指してるだけあって、朝早くから夜9時過ぎまで、予備校の自習室でみっちり勉強しているらしい。
LIMEの連絡も、一言だけだったり、スタンプだけだったり。
毎日のように「好き」と言われていたのも、当然だけど、夏休みに入ってからはあっけなく途絶えた。
最寄り駅で別れるとき「じゃあな」と寂しそうに笑った壱哉。
その表情がどんどん薄れていくみたいで、あれは幻だったのかもしれないと思う。
あいつの目指す医者という夢が1番大事だってことも、俺なんかがそれを邪魔しちゃいけないってことも、ちゃんと分かってる。
だいたい、これまでが俺に構いすぎていたんだ。
壱哉との個人LIMEを開く。
最後のやりとりは3日前、壱哉からの『何かあったら連絡しろよ』に、俺が『分かった』と返したところで終わっていた。
少し迷ってから『何してる?』と打ちこんで、すぐに消す。
何してるって、あいつは勉強してるに決まってるじゃないか。
邪魔しちゃいけないと思いながら、どうでもいい文章しか思いつかなくて、とうとうスマホをベッドに投げた。
「会いてーな」
ふいに口をついて出た言葉に自分で戸惑い、同時に自虐的に口の端を上げる。
あいつからの好意をのらりくらりとかわしてきたくせに、寂しいなんて言う権利、俺にはないだろ。
「なっちゃん、恋人できた?」
そうめんをズズッと吸ったところで言われて、思わず咽る。
「ちょっと大丈夫?もう、気をつけてよね」
そう言った母さんは、今でも少女のように無邪気というか、夢見がちなところがある。
そんな母さんのもと、俺はちょっとばかり世間知らずに育ってしまった。
子供のころはそれこそ、疑うことを知らず、周りからはチョロいやつだと思われていたんだろうな。
それでも、俺が3歳の時に離婚して、女手一つで育ててくれたんだから、尊敬するべき強い女性だ。
「なんでだよ!できてねーよ!」
「ん〜、だってなっちゃん、嬉しそうにしてると思ったら悲しそうだったり。……ほら、今は寂しそうな顔してる」
こともなげに言う。
颯先輩に「全部顔に出てる」と言われたことが思い出される。
先輩がそう思うくらいなんだから、母さんからすれば一目瞭然なんだろう。
「い、今、小説読んでるからだろ」
「ふーん」
今の「ふーん」は、絶対納得してない「ふーん」だ。
「だいたい出会いがないだろ!ほとんど学校と寮の往復なんだから」
「あら!出会いなんて落ちてるものじゃなくて、拾うものよ」
「は?」
「この人!と思ったら、絶対離しちゃだめ。受け身でいると、逃がしちゃうからね」
俺はぽかんとして見つめる。
箸からそうめんがするすると逃げて、ぽちゃんと、つゆがテーブルに飛び散った。
「母さんこそ、恋人できた?」
今まで浮いた話1つなかった母さんに、初めて恋人の影がちらつき、少しだけ動揺する。
「そそそそ、そんなわけ!」
おぉ〜、俺が言うのもなんだけど、分かりやすすぎる。
子が子なら親も親だ。
一瞬で頬を染めた母さんは、やっぱり少女のようで、息子から見ても可愛らしいと思う。
俺が家を離れて、ひとりぼっちにさせてしまったから、正直安心した。
母さんにだって、支えてくれる人が必要だ。
「ほ、ほら!飲んで」
母さんは俺のコップに麦茶を注ぎながら、自分で始めた話題を、自分で切り上げた。
「寮って素敵よね!毎日同じ部屋で寝起きして、一緒にごはん食べて、テストの点数競い合って、『お前は親友でライバルだ』なんて言われちゃったりして」
それは母さんが今夢中になってる、海上保安学校を舞台にした熱血ドラマだろ!
あれほど寮に入ることを反対していたのに、手のひらを返したように「いいなぁ」なんて言っている。
それも、恋人の存在が大きいからなんだろうな。
見たこともないその人に、心のなかで感謝する。
「別に普通だよ。ライバルなんていねーし。そもそも全寮制じゃねーから」
麦茶を一口飲んでから答えると、母さんは「そうなの?」と残念そうな顔をした。
と思ったら、パッと顔を輝かせて、身を乗り出してくる。
「じゃあ、かっこいい子いないの?」
「えっと………」
俺が言い淀むと、すかさず母さんが反応した。
「あ〜!いるんだぁ!どんな子?」
なんでそんなに楽しそうなんだよ?!
顔が熱くなってきて、頭を抱えたくなるのをぐっと我慢して、麦茶をあおる。
「……同室のやつで、イケメンで、頑張り屋」
同じ中学だったことは言わない方が良さそうだ。
母さんのことだから、根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。
ずいぶん端折った説明だけど、それでも飛び上がらんばかりに「きゃ〜!」と叫ぶ母さんに苦笑いを返す。
どうせ、勝手な妄想をつけ足して、とんでもない絶世の美男子ができあがるんだろう。
俺は箸をおいて「ごちそうさま」と言ってから、食べ終わった食器をシンクに持っていった。
ジャブジャブと洗っていると、興奮冷めやらない様子で「今度おうちに連れてきて!」と言ってくる。
「あいつは忙しいんだよ。それに、同室だからって仲良いわけじゃないし」
振り向かないまま答えて、自分の部屋に戻りかけたとき、「そういえば」と母さんが後ろの引き出しを開けた。
「中学の制服をクリーニングに出した時、ポケットから出てきたわよ」
差し出されたのは、破かれた2枚の紙。
「何?これ」
「何って、ラブレターじゃない」
呆れ顔の母さんから受け取って、その紙を開く。
1枚目は、壱哉に押しつけられた携帯番号。
2枚目には『浅間夏太郎様 たぶん好きです』と書かれていた。
机に広げたままの参考書が、夕暮れのオレンジ色に染まっている。
開け放した窓からは、部活中の中学生だろうか?いくつも重なった掛け声と、気怠そうに地面を蹴る足音が遠くに聞こえた。
カーテンを揺らす温い風が、俺の汗ばんだ額を不快に掠めていく。
「ピロン」という音がなって、ハッと目を開けた。
体を起こして、急いで机の上のスマホを取る。「ピロン、ピロン」と、続けて音が鳴り、画面には、グループLIMEの通知があらわれた。
俺と壱哉、かじはじコンビの4人のグループだ。
夏休みに入っても、時々こうやって連絡をくれるのが嬉しい。
といっても内容は、宿題のここが分からないとか、夏期講習がどうとかで、俺に答えられることはほとんどないんだけど。
俺と違って、3人とも忙しくしてるみたいだ。
特に壱哉は医学部を目指してるだけあって、朝早くから夜9時過ぎまで、予備校の自習室でみっちり勉強しているらしい。
LIMEの連絡も、一言だけだったり、スタンプだけだったり。
毎日のように「好き」と言われていたのも、当然だけど、夏休みに入ってからはあっけなく途絶えた。
最寄り駅で別れるとき「じゃあな」と寂しそうに笑った壱哉。
その表情がどんどん薄れていくみたいで、あれは幻だったのかもしれないと思う。
あいつの目指す医者という夢が1番大事だってことも、俺なんかがそれを邪魔しちゃいけないってことも、ちゃんと分かってる。
だいたい、これまでが俺に構いすぎていたんだ。
壱哉との個人LIMEを開く。
最後のやりとりは3日前、壱哉からの『何かあったら連絡しろよ』に、俺が『分かった』と返したところで終わっていた。
少し迷ってから『何してる?』と打ちこんで、すぐに消す。
何してるって、あいつは勉強してるに決まってるじゃないか。
邪魔しちゃいけないと思いながら、どうでもいい文章しか思いつかなくて、とうとうスマホをベッドに投げた。
「会いてーな」
ふいに口をついて出た言葉に自分で戸惑い、同時に自虐的に口の端を上げる。
あいつからの好意をのらりくらりとかわしてきたくせに、寂しいなんて言う権利、俺にはないだろ。
「なっちゃん、恋人できた?」
そうめんをズズッと吸ったところで言われて、思わず咽る。
「ちょっと大丈夫?もう、気をつけてよね」
そう言った母さんは、今でも少女のように無邪気というか、夢見がちなところがある。
そんな母さんのもと、俺はちょっとばかり世間知らずに育ってしまった。
子供のころはそれこそ、疑うことを知らず、周りからはチョロいやつだと思われていたんだろうな。
それでも、俺が3歳の時に離婚して、女手一つで育ててくれたんだから、尊敬するべき強い女性だ。
「なんでだよ!できてねーよ!」
「ん〜、だってなっちゃん、嬉しそうにしてると思ったら悲しそうだったり。……ほら、今は寂しそうな顔してる」
こともなげに言う。
颯先輩に「全部顔に出てる」と言われたことが思い出される。
先輩がそう思うくらいなんだから、母さんからすれば一目瞭然なんだろう。
「い、今、小説読んでるからだろ」
「ふーん」
今の「ふーん」は、絶対納得してない「ふーん」だ。
「だいたい出会いがないだろ!ほとんど学校と寮の往復なんだから」
「あら!出会いなんて落ちてるものじゃなくて、拾うものよ」
「は?」
「この人!と思ったら、絶対離しちゃだめ。受け身でいると、逃がしちゃうからね」
俺はぽかんとして見つめる。
箸からそうめんがするすると逃げて、ぽちゃんと、つゆがテーブルに飛び散った。
「母さんこそ、恋人できた?」
今まで浮いた話1つなかった母さんに、初めて恋人の影がちらつき、少しだけ動揺する。
「そそそそ、そんなわけ!」
おぉ〜、俺が言うのもなんだけど、分かりやすすぎる。
子が子なら親も親だ。
一瞬で頬を染めた母さんは、やっぱり少女のようで、息子から見ても可愛らしいと思う。
俺が家を離れて、ひとりぼっちにさせてしまったから、正直安心した。
母さんにだって、支えてくれる人が必要だ。
「ほ、ほら!飲んで」
母さんは俺のコップに麦茶を注ぎながら、自分で始めた話題を、自分で切り上げた。
「寮って素敵よね!毎日同じ部屋で寝起きして、一緒にごはん食べて、テストの点数競い合って、『お前は親友でライバルだ』なんて言われちゃったりして」
それは母さんが今夢中になってる、海上保安学校を舞台にした熱血ドラマだろ!
あれほど寮に入ることを反対していたのに、手のひらを返したように「いいなぁ」なんて言っている。
それも、恋人の存在が大きいからなんだろうな。
見たこともないその人に、心のなかで感謝する。
「別に普通だよ。ライバルなんていねーし。そもそも全寮制じゃねーから」
麦茶を一口飲んでから答えると、母さんは「そうなの?」と残念そうな顔をした。
と思ったら、パッと顔を輝かせて、身を乗り出してくる。
「じゃあ、かっこいい子いないの?」
「えっと………」
俺が言い淀むと、すかさず母さんが反応した。
「あ〜!いるんだぁ!どんな子?」
なんでそんなに楽しそうなんだよ?!
顔が熱くなってきて、頭を抱えたくなるのをぐっと我慢して、麦茶をあおる。
「……同室のやつで、イケメンで、頑張り屋」
同じ中学だったことは言わない方が良さそうだ。
母さんのことだから、根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。
ずいぶん端折った説明だけど、それでも飛び上がらんばかりに「きゃ〜!」と叫ぶ母さんに苦笑いを返す。
どうせ、勝手な妄想をつけ足して、とんでもない絶世の美男子ができあがるんだろう。
俺は箸をおいて「ごちそうさま」と言ってから、食べ終わった食器をシンクに持っていった。
ジャブジャブと洗っていると、興奮冷めやらない様子で「今度おうちに連れてきて!」と言ってくる。
「あいつは忙しいんだよ。それに、同室だからって仲良いわけじゃないし」
振り向かないまま答えて、自分の部屋に戻りかけたとき、「そういえば」と母さんが後ろの引き出しを開けた。
「中学の制服をクリーニングに出した時、ポケットから出てきたわよ」
差し出されたのは、破かれた2枚の紙。
「何?これ」
「何って、ラブレターじゃない」
呆れ顔の母さんから受け取って、その紙を開く。
1枚目は、壱哉に押しつけられた携帯番号。
2枚目には『浅間夏太郎様 たぶん好きです』と書かれていた。

![[超短編]推し語りしてたら幼馴染に迫られた。](https://novema.jp/img/member/1396597/krbj6xtdrp-thumb.jpg)

