中学の同級生とルームメイトになった話。

「うぐっ?!」
壱哉の顎を手のひらで押すと、変な声を出して首がのけぞった。
俺はその尖った喉仏を睨んで、低い声を出す。
「おい、ちょっと待て」
「はっ?なんで?」
俺の手を引き剥がした壱哉の顔は、情けないほど眉が下がっている。
「お前、何しようとしてんだよ」
「だ、だって、今のはそういう流れだったじゃん」
「いやいやいや、ないだろ」
「なんでだよぉ」
泣きそうな声を出す壱哉に頭を横に振って、口の前で指を交差させた。
「ダメダメ!その場の雰囲気に流されるの良くない。俺ら付き合ってるわけじゃねーし」
「じゃあ、ナツ!今すぐ俺のこと好きって言って」
「無理!言えねー!」
腕を組んで、ぷいっと顔を背ける。
壱哉はそんな俺の顔をじっと見つめてきた。
「俺のこと好きじゃない?」
「………っ!」
「ねえ、ナツ?」
捨てられた子犬みたいに目を潤ませる壱哉に、腕を組んだまま「はぁー」とため息をつく。
「あのな、俺は今、やーっと自覚し始めたとこなんだよ。もう少しゆっくり(はぐく)みたいの!……い、今まで誰かを好きになったことなんて、ないんだし」
「なんだよ、それ!もう言ってるようなもんじゃん!」
「とにかく、今日はダメ!これ以上は心臓おかしくなる」
もう話は終わり、とばかりに人差し指を突きつけた。
壱哉はその俺の指をぎゅっと握り、
「じゃあさ、一緒に寝よ?」
と、また爆弾を投下する。
俺は呆気にとられて、壱哉の顔をまじまじと見つめた。
「はっ、はぁ?何言ってるんだよ。お前、俺のこと無防備とか言ったくせに」
「俺の前では無防備でいていいよ」
しれっと前言撤回。
「なんだよ、それ。お前の言ってることめちゃくちゃだぞ」
「だって、友達とキスはしないけど、一緒に寝ることはあるだろ?それに俺たち、もう2回も寝たじゃん」
「ちょっ、言い方!ダメだ、お前うるさいから、また田中になんか言われる」
壱哉は一瞬考えてから、何か閃いたように目を輝かせて、ニヤッと笑う。
それから、俺の耳元に口を寄せて、低い声で囁いた。
「……一緒に寝てくれないなら、今すぐ大声で言うよ。俺はナツが好きだって」
「おまっ!それずりぃだろ!」
囁かれた耳に壱哉の吐息がかかって、カーッと顔が熱くなる。
「ナツが焦らすのが悪いんじゃんっ」
さっきまでの子犬みたいな顔から一転、ちょっとダークな顔で煽ってくる。
それがまた悔しいくらいかっこいい。
もうお手上げだ。
「お前、絶対変なことするなよ?」
「変なことってなぁに?ナツのえっちぃ」
にこにこと笑う壱哉。
俺は長く長く息を吐き出した。

夏休み中は寮が閉まるから、家に帰らないといけない。
そんなこと、すっかり忘れてた。
1ヶ月と10日かぁ。
「ナツ、好きだよ。ナツは俺のこと好き?」
物思いにふけっていると、頭の後ろからいつもの甘い声が響く。
「お前、飽きないよな。それ毎日聞くつもり?」
俺は腰に巻きついた壱哉の腕をほどいて「あっちぃから」と冷たく言った。
「だって、明日は終業式だし、なかなか会えなくなんじゃん」
壱哉はめげずに、俺の腕の下に手を潜り込ませて、腹を触ろうとする。
くすぐってーし、男の腹なんか触り心地のいいもんじゃないだろ。
「いーから、もう寝ろ!」
引き剥がそうとするが、そのまま手を握られた。
指の間をすりすりと撫でてくる。
それから、俺の後ろ首に顔を寄せて「はーぁ」とため息をついた。
「俺、もうナツがいないと寝れないかも」
こいつ、わざとなのか、無意識なのか。
どこもかしこもくすぐったくて、俺はもぞもぞと足を動かした。
「俺はそろそろ1人で寝たい」
無駄だと分かっていながら、自己主張する。
一緒のベッドで寝るようになってから10日ほどだろうか。
てっきり一晩だけだと思っていたら……
「だーめ。隣にたなちゃんがいるだろ?」
その名前を出されると、何も言い返せない。
壁を1枚隔てた向こう側には、田中が寝ているベッドがあるんだ。
「お前、もう俺に慣れてきてるだろ。俺に対する反応変わったよな?」
「どこが?!」
「最初と全然ちげーじゃん。頭撫でただけで照れてたイチはどこ行ったんだよ」
あの頃は本気で嫌がってると思っていたら、照れてただけだったと最近になって知った。
壱哉は心底不服そうに「そんなことない」と低い声を出す。
それから、俺の背中にぎゅっと胸をくっつけてきた。
「ほら、分かる?俺の心臓の音」
ドクドクドク……
そんなこと言われても、どっちの心音か分からないほど、俺だって早い。
背中の熱のせいで、もっと早くなった気がするし。
壱哉は繋いだままの手を、俺の胸まで持ってきて「ナツも同じだね」と言った。
カーッと顔が熱くなり、首の後ろが汗ばんでくる。
「もうやめろよ。これじゃ、いつまでたっても寝られないだろ?」
ベッドに入ってから、かれこれ30分は経っている気がする。
明日は授業がないとは言え、その後は家に帰るために移動しなくちゃならない。
地元で1ヶ月以上も過ごすと思うと、憂鬱になってくるけど。
「そうだね、もう寝よ」
ようやく手を離され、ホッと息をつくと、壱哉がボソッと言った。
「ねぇ……俺と恋人になるの、怖い?」
ややあって俺は黙ったままゆっくり頷く。
同性同士の恋愛なんて、周りに知られたらなんて言われるか。
辰己とのあのキス、軽蔑するような視線、「気持ち悪い」と吐き捨てる声、誰もいない旧校舎―――
思い出すだけで、鳥肌が立つほど寒気が走る。
ブルッと小さく震えると、壱哉の温かい手が俺の頭をさらさらと撫でた。
「大丈夫、ずっと待ってるから」
その優しい声と手つきに、俺は泣きたくなって目を閉じた。