中学の同級生とルームメイトになった話。

「おっそ〜い!」
俺たちの姿を見るなり、鍛治原が文句を言った。
「ごめんごめん!」
謝りながら走り寄ると、膨れ面をしたあざと鍛治原とは対照的に、日向はにこにこと微笑んでいる。
「ケンカはおしまいかな?」
と言われ、俺たちは顔を見合わせて目を丸くした。
「こっわ!なんで分かったんだよ」
俺が聞くと、日向は「だって、走ってきた時の顔が嬉しそうだったから」と、俺と壱哉を交互に指差した。
鍛治原はなんにも分かっていなそうな顔で、首を傾げている。
「いつの間に仲直りしたんだよぉ。オレがひと肌脱いでやろうかと思ってたのに。まぁ、いいや!飯だ、飯!!」
鍛治原が右手を突き上げて意気揚々と宣言すると、壱哉が自分のお腹をさすった。
「まだ食うのかよ。俺もう腹いっぱいなんだけど」
「いっちーは成長期だろ?!いっぱい食わねぇと。あと、牛乳も飲め!」
「俺は牛乳嫌い」
壱哉はいかにも不機嫌そうな顔で、鼻にしわを寄せた。
俺は知ってたけど、鍛治原はショックを受けたように目を見開いている。
「は?!それで、なんでデカくなれんの?!ずりぃよ、ずりぃよぉ」
「知らねぇよ!ちょっ、やめろ!」
鍛治原が壱哉の脇腹をくすぐって、ついでに俺の脇腹も狙ってきたけど、壱哉に手首をガシッと掴まれていた。
俺は「ははは!」と笑いながら、壱哉の背中に隠れる。
「ゆうは大きくなりたくて毎日牛乳飲んでるんだよね。それに、夜は10時までに寝てるし、寝る前にジャンプ100回して、いつもおばさんに叱られてるんだよね」
さすが幼馴染。
日向は得意気に話続ける。
「ちょっと、はーくん、勝手にバラすんじゃねぇ!」
鍛治原が叫んで、俺たちの笑顔と賑やかな声が、石畳の通りに満ちた。

ベッドに寝転がり、おそろいで買った縁結びのお守りを真剣に眺めている壱哉。
校外学習からかれこれ1週間が経つが、壱哉は毎晩寝る前に、こうやってお守りを眺めている。
4人でおそろいなのが嬉しいのか。
いや、それだけじゃないんだろうな。
何を考えているのか、なんとなく分かってしまって、顔が熱くなる。
その熱を冷ますように、ふーっと息を吐いて、壱哉のベッドに座った。
「あのさ、もう1つ聞きたいことがあったんだけど」
「ん?何?」
と、すぐさま起き上がり、俺の隣に座り直す。
「なんで落ち込んでたの?」
「え?」
「ほら、校外学習の時、鍛治原が壱哉のこと、落ち込んでるって言ってたから」
壱哉はすぐに思い当たることがあったようで、「あぁ、あれかぁ」と呻いて、背中を後ろにそらした。
俺はその顔を追いかけるようにして近づく。
いつもヘラヘラしているお前が、どんなことで落ち込むのか、俺だって知りたい。
今後また落ち込ませないために。
「言えよ。隠しごとするなって言っただろ?どうせ、俺が関係してるんだろうし」
なんて言ったら自意識過剰だろうか。
でも、きっとそうだと思う。
壱哉はチラッとだけ俺を見て、モジモジと指先を合わせた。
「あれは…ナツには関係ない、ってこともないんだけど、俺の気持ちの問題だから」
そう言われても、じーっと目を離さずに、その横顔を見つめ続ける。
言えよ、聞きたいんだよ、と心の中で繰り返す。
壱哉はじわじわと頬を赤らめ、観念したように両手で口を覆った。
「……ナツ、嫉妬しないんだなと思って」
「え?嫉妬?」
くぐもった声で言われたから、壱哉の肩を掴んで、思わず聞き返す。
「俺が、ユメと会ってるって聞いても、全然気にしてなさそうだったから」
「まさか、それで?……本当、バカだな」
「だよな」
ふっと笑った顔が、あまりにも寂しそうだったから、胸がぎゅーっと締め付けられた。
俺もちゃんと自分の気持ち言わないと。
壱哉にこんな顔させたいわけじゃないから。
膝の上で拳を握ると、喉の奥で息を詰まらせながら、「したよ、嫉妬」と声を絞り出す。
「……えっ?!」
一拍置いてからバッと振り向いて、期待を込めた眼差しで俺を見つめてくる。
今度は俺が両手で顔を覆った。
くそ恥ずかしい!!
心臓がやばいくらい暴れてるんだけど!
「ナツ」
静かな声で呼びかけられ、壱哉の長い指が俺の髪を優しく梳く。
言葉の続きをうながされているんだ。
俺はスッと息を吸った。
「……イチが、あの子のこと、呼び捨てにしてるから」
やっと出てきたのは、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声。
でも、すぐ近くにいる壱哉にははっきり聞こえたらしい。
ゴクリと唾を飲み込む気配がした。
「ごめん、ナツ。それは無意識っていうか、何も考えてなくて」
「謝るんじゃねぇ!!」
何言っちゃってるんだよ、俺ぇ!!
たまらなくなって顔を隠したまま叫ぶ。
「違う、呼び方なんてどうでもよくて!……あの子とどんなデートしたんかなって、考えたくないのにずっと考えてた。どこに行って、何して、何食ったんかなって」
パッと壱哉が、俺の両手を簡単に引き剥がした。
絶対、真っ赤になってるはずだ。
それにさっきから目の奥が熱くてしょうがない。
掴まれている手を振りほどこうとするが、抵抗むなしく、痛いくらいに指を絡めとられる。
「そんなこと考えてたの?それに、あれはデートなんかじゃない。俺が好きなのはナツだから」
ずいっと顔を寄せてくるが、その目を見つめ返すことができない。
「そこを疑ってるわけじゃねーよ。でも、お前に名前呼ばれて、笑いかけられて、…あの子にどんな顔見せたんかなと思ったら、すげーモヤモヤした」
俺がまだ見ていない壱哉の顔を、あの子は見たのだろうか。
勝手に想像しては、勝手にイラついた。
問い詰めたいけど、答えは聞きたくなくて……
バカなのは俺だろ。
「ナツ、ごめん、ごめん」
「だから謝んなって!!お前にとったら理不尽でしかねーだろ。こんなの、自分でもわけわかんねーんだから」
ふと壱哉の顔を見ると、俺と同じかそれ以上に、顔だけじゃなく耳まで赤くなっている。
こんなの絶対引かれると思ったのに……
「そうじゃなくて……嬉しくて……」
「な、なんだよぉ」
心の内をさらけだした疲労感と、想像していなかった壱哉の反応に、一気に力が抜ける。
壱哉はそんな俺の頬を両手で包んで、宝物を扱うようにそっと上を向かせた。
真剣な瞳を見つめていると、甘い吐息が逃げられない距離まで迫ってくる。
「ナツ……」
「あ……イチ……」
そうして、ゆっくりと目を閉じた。