中学の同級生とルームメイトになった話。

「……ん、うん?…っ、うわあああぁ?!?!」
鼓膜を突き破らんばかりの声に、俺はビクッと体を跳ねさせた。
「な!なに?!何事?!」
心臓をバクバクさせながら飛び起きると、目の前にはまるでおばけでも見たかのような壱哉の顔。
その腕はまだ俺の背中に乗っていて、俺の足には壱哉の足が絡まっている。
「え?!なんで?!ナツ、あ、ご、ごめん!!!」
一瞬で顔を真っ赤に染めた壱哉は、俺を脇へ押しやると、転がるようにベッドから降りた。
「なんだよ、びっくりした!寝起きでよくそんなデカい声が出るな」
壱哉はベッドの横の床に、手を膝につけて正座している。
俺が起き上がるなり、額を床につけて
「すっ!すみませんでしたぁ!」
と、土下座した。
「うっ、るさー。隣の部屋からクレーム来るっつーの!」
「お、お、俺が!ナツをベッドに連れ込んで!お、お、襲ったんだよね?!!」
「ちょ、おい!やめろ!!声がでけぇんだよ!」
俺は慌てて、壱哉の口を手で塞ぐ。
真っ赤な顔で、目を見開いて、俺に口を塞がれている壱哉。
しかも、ちょこんと正座したままだ。
「……ぷっ!あっはははは!…ちげぇって!」
無性におかしくなってきて、俺は腹を抱えて笑った。
「お、怒ってない?」
おずおずと俺を見上げる壱哉の額を「コツン」と小突く。
「イチが椅子に座ったまま寝落ちしたから、ベッドまで運んだんだよ。それで、俺もつい眠くなって……」
説明しながら、一晩中壱哉の腕の中にいたことを思い出して、カーッと顔が熱くなる。
急いでそれをごまかすように「だから感謝しろよな!」と言うと、壱哉はまた床に額をつけて「ありがとうございます!神様、仏様、夏太郎様〜!」と懐かしいセリフを口にした。
なんだかんだ、可愛いんだよなぁ、こいつ。
「ほら、早く朝ごはん行こうぜ。腹減った」
言いながらベッドから降りて、壱哉の横を通り過ぎようとした時、壱哉がふいに俺の手を捕まえた。
なんだ?と怪訝に思って見下ろすと
「ねぇ、分かってる?俺、ナツのこと好きなんだよ。そんなに無防備だと心配なんだけど」
と、細めた目で見上げられ、思わずその手を振り払う。
「はっ?無防備っていうか、お前が離さなかったからだろ?」
「じゃあナツは、そうされたら誰とでも寝るの?」
「ね、寝る!?!っんなわけねぇだろ!その言い方やめろ!」
壱哉が立ち上がって、拗ねたように唇を尖らせたまま、じりじりと近づいてきた。
「ホント、心配だよ。ナツは自分が可愛すぎるってちゃんと自覚して」
なんだよ、そこらへんに転がってるような男子高生に可愛すぎるって!
心配する要素なんか1つもねぇだろ!
俺はとっさに後ろを向いて、赤くなっているのを隠すように、壱哉から顔を背ける。
「イチだからだろ?他のやつだったら殴ってでも逃げるし!!」
ぎゅっと目を瞑り、追い詰められた勢いのまま言うと、突然の静寂が訪れた。
目を半分だけ開けて、そろーっと後ろに視線を向ける。
壱哉は頬を上気させ、熱のこもった目で、俺をじっと見つめていた。
だから、その顔は心臓に悪ぃんだよ!
「もういいだろ?!ほら、着替えてごはん行くぞ!」
無理やり話を切り上げて、Tシャツの裾に手をかけるが、ハッと気づいてピタッと止める。
「俺は無防備じゃないからな!中で着替える!」
言い捨てるなりウォークインクローゼットに逃げ込み、さっきからごまかせないほど暴れまわっている心臓に手を当てた。

俺たちの前にトレイを置いて座るなり、寮の隣の部屋、同じ1年の田中が
「なぁ、お前らの部屋、Gでも出たん?」
と言ってきた。
「え、なんで?そんなの出てな、いったぁー!!」
「うっわ、びっくりした!中川、声でけーんだよ」
耳を押さえて文句を言う田中。
食堂にいる人たちが一斉にこっちを見るが、すぐに興味をなくしたのか、いつものざわめきが戻る。
壱哉が大声を出したのは、俺がその脇腹を思いっきりつねったからだ。
まだ痛がっている壱哉を尻目に、俺は田中に微笑んだ。
「そうなんだよー!イチが騒いじゃってさぁ。うるさかっただろ?」
田中は訝しそうに俺たちを見る。
「連れ込んだとか、襲ったとか聞こえたけど、ちゃんと捕まえたんだろーな?」
「窓開けてたら入ってきたんだよなー。ちょっと凶暴なやつだったかも。でも、ちゃんと退治したから大丈夫大丈夫」
田中は俺の猿芝居にホッと息をついて、みそ汁をズズッと吸った。
「良かったぁ。俺、マジで苦手だからさ。中川ほどじゃないけど」
そう言われて横目で壱哉を見ると、つねられた脇腹を撫でながら
「いやぁ、あいつだけは嫌だよねぇ」
なんて、一応話を合わせている。
「あれ?でも」と、田中が何かを思い出したように、卵焼きを放り込んだばかりの口を開いた。
「中川、なんかすげー謝ってなかった?」
「あ〜……」と数秒考えて、ちょっと意地悪したい気持ちが湧いてくる。
「イチがどうしても退治できなくて、俺に土下座して頼んだんだよ」
ニヤニヤしながら答えると、田中が可哀想な目で俺の隣を見た。
「中川、そんなんじゃ彼女に呆れられるぜ。ちょっとは耐性つけろよ?」
「……え?彼女って?」
そう言ったのは俺だ。
隣で壱哉が、肩をビクッとさせたことに気づいてしまう。
「え?浅間知らねーの?この前の日曜、ショートカットの可愛い女の子とデートしてたんだよ。俺、偶然見かけてさぁ。やっぱイケメンは彼女の1人や2人いるよな!」
ショートカット、と言われてすぐにピンときた。
お祭りの日、神社で壱哉と話していた『ユメ』だ。
確かに先日の日曜日、壱哉は珍しく予定があると言って出掛けていたけど……
俺は、田中に向かって慌てたように手を振る壱哉を、じーっと見つめる。
「デート、だったのか?」
「違う違う!彼女じゃないし、デートでもない!」
おい、壱哉!
焦れば焦るほど怪しいんだぞ!
俺に告白しておいて、女子とデート?
俺のこと無防備とか言ってたくせに?
モヤモヤした気持ちが胸に広がり、俺は思わず立ち上がっていた。
田中が口に運びかけた箸を止めて、ぽかんとした顔で俺を見上げている。
「……俺、先に学校行く!イチ、絶対ついてくんじゃねーぞ!」
壱哉に指を差して宣言し、ドカドカと足音を立てながら食堂を出る。
後ろで、田中の「浅間、日直かぁ?」という声と、壱哉のクソデカため息が聞こえた。