中学の同級生とルームメイトになった話。

ガラガラと賑やかな音を立てて回るいくつもの洗濯機。
それをBGMに、俺は颯先輩と向き合って座っていた。
先輩がコーヒーを奢ってくれるというので、ありがたく頂戴して、チビチビと口をつけている。
本当は苦手なんだけど、先輩と飲んでいると、大人の階段を上っているような、むずがゆい気持ちになった。
「ナツくん、この前ごめんね。熱があったんだって?それなのに無理させちゃって」
先日の門限破りのペナルティのことを言っているのだろう。
俺はコーヒーを口に含んだまま、首を横に振った。
顔を顰めたくなるような苦味が口中に広がる。
「いや、普通に俺が悪いです。具合悪いからって甘くしてたら他の寮生に示しがつかないでしょう?」
先輩はふーっと息を吐いて、背もたれによりかかり、思い出すように天井を見た。
「それはそうなんだけど、気になってたんだよね。あの日、2人ともずぶ濡れで帰ってきて、気まずい雰囲気っていうか、あんまり目も合わせないような感じでさ。イチくんはいつもと同じだったけど、ナツくんがね」
そう言って、俺に視線を落とす。
先輩ってすごいな、なんでもお見通しな感じがする。
これがたった2年の人生経験の差か?
「まぁ……あの時はご心配おかけしました。もう大丈夫なので」
「ふふっ、そうみたいだね。イチくんがずいぶん熱心に看病してたみたいだし」
含みを持たせたような言い方に、なぜか顔が熱くなる。
ごまかすように、ははっと笑った。
「あいつ、大げさなんですよ」
「ルームメイトを大切にしてるんだね。……ところで、イチくんは?」
「あぁ、今は走りに行ってて」
そう言いながら玄関のほうに顔を向ける。
俺と先輩が話していると、必ず現れる壱哉が、今日はまだ顔を見せていない。
「へぇ、イチくんって医学部志望だよね。でも体も鍛えてるんだ。すごいな」
「勉強のいい息抜きになってるみたいですよ」
「きっと、守りたいものがあるんだろうねぇ」
先輩は意味ありげに目を細めて、俺を見た。
『守る』という言葉にギクッとする。
この人、一体どこまで分かってるんだ?
壱哉と颯先輩が話しているところは見たことがない。
ということは、俺たちの様子から『何かを察した』ってことか?

――先日、俺は壱哉に告白された。
でも「好きだ」と言われただけで、返事は求められていない。
「ただ知っていてくれればいい」と笑う顔は、本心から言っているんだと分かった。
それ以降も壱哉の態度に変化はない……ということもなくて、俺の心に刻み込むように毎日「好き」と言われている――

ちょっぴり先輩のことが怖くなって、背中を冷や汗が伝う。
「せ、先輩って受験ですよね?もうどこ受けるか決めてるんですか?」
話題を変えるべく挑む。
先輩は俺のターンに、穏やかな笑みを浮かべた。
「具体的にどこの大学とは決めてないんだけど、心理学の勉強がしたいと思ってるんだ」
「へ、へぇ〜すごい、先輩にぴったりっすね」
ちょっと嫌味っぽい返しをしてしまったかと内心焦ったが、先輩は何も気にしていないようだ。
「そんなこと言われるなんて、光栄だよ。……あ、ほら、やっぱり来た」
と、俺の後ろに視線を向ける。
「え?うわ!」
次の瞬間、振り返る暇もなく肩に抱きつかれて、顔が強張った。
「イチ?!なんだよ、びっくりした」
見上げると、汗ばんだ前髪をそのままに、拗ねたような顔で先輩と目を合わせる壱哉がいた。
「毎度毎度、ドラマチックな登場だね」
先輩は口に手を当てて、クスクスと笑っている。
「戻ったらナツがいないから。何話してたの?」
「先輩の大学のこと」
「僕は心理学科を目指してるんだよね。人間観察が趣味なんだ」
俺の言葉に被せるように言った先輩は、ちょっと意地悪そうな顔をしていた。
壱哉は「ふふん」と片側の口角を上げ
「へぇ〜それなら、もっと頑張らないとですね」
と言って、俺が握っている缶コーヒーを奪い、グイッと一気に飲み干した。
「お、おい!イチ!」
1人で焦っていると、缶をテーブルに置いた壱哉が、なんとも不敵な笑みを浮かべる。
「ナツはコーヒーが飲めないんですよ?」
しかし先輩は何食わぬ顔で
「知ってるよー」
と言って、にっこり笑った。
それには俺も壱哉も目を丸くする。
壱哉は俺の肩に置いていた手を、両方とも顔の横に上げて、早々に「降参でーす」と言った。
おい、壱哉!
よく分かんないけど、先輩のほうが1枚も2枚も上手だぞ。
お前が頑張れ!
なぜだか無性に面白くなってきた俺は、声を上げて笑った。
先輩も「あははっ!」と、晴れやかに笑っている。
「ほんっと、ナツくんとイチくんって素直で可愛いよね」
「えぇ?俺もですか?」
壱哉は可愛いけど、俺は違うだろ。
そう思って聞くが
「うん、全部顔に出てるところが」
と言われてしまった。
「イチ、俺って顔に出てる?そんなに分かりやすい?」
壱哉は俺を見下ろして、目尻を下げた。
「顔には出てるけど、それがどういうことなのかは全然分かんない。だから、口で言って。嬉しかったこととか、嫌だったこととか」
うーん、さすが壱哉。
こういう時、颯先輩は『察して』あげられるんだろうな。
でも、俺だってそんな能力はないし、ちゃんと言葉にしてくれたほうが安心する。
自分の考えに妙に納得していると、先輩は両肘をテーブルについて、俺と壱哉を交互に見た。
「君たち、付き合いたてのカップルみたいな会話してるよ」
「えっ?!」
いきなりの爆弾発言に頬が引きつり、一気に汗が出てくる。
さっき「顔に出てる」と言われたばかりなのに、誰が見ても分かるくらい、明らかに動揺してしまった。
助けを求めるように壱哉を見上げるが、こっちはこっちで、てれてれと嬉しそうに頭をかいている。
おい、しっかりしろ!
俺たちは付き合ってるわけじゃねーだろ!
ピピーっと洗濯が終わった音が響いたと同時に、努めて冷静に立ち上がり、先輩を見下ろした。
「はは!何言ってんすか。んなわけないでしょ。冗談きついですよ」
それから、少しぎこちない動きで洗濯物を取り出し、
「イチ、行くぞ!先輩、じゃあまた。ごちそうさまでした」
と言って、いそいそと歩き出す。
これ以上、深堀りされる前に、一刻も早く立ち去ったほうがいい。
先輩が「2人とも、またね〜」と言っていたけど、俺は振り返ることができなかった。