中学の同級生とルームメイトになった話。

「大丈夫です。俺がちゃんと面倒見ます」
「でも、中川くんだって勉強が忙しいでしょう?」
「でも、大事な人なので」
「せんせー、オレたちも看病するし」
「君たちは寮生じゃないでしょ?中には入れません」
押し問答のような話し声に、急速に意識が浮かび上がった。
薄く目を開けると、腕を組んで膨れ面をしている鍛治原の顔。
あー、確かにこれはあざとい……
その隣にいつもいる日向と、松浦先生に詰め寄る壱哉。
「大事な人」って聞こえたけど……俺のこと?
壱哉が俺に顔を向けて、バチッと目が合った。
「あ!ナツ、起きた」
その声に、一斉に視線が向けられる。
気恥ずかしくなって、目の下まで布団を上げた。
「ちょっとあなたたち、一旦下がって!」
ベッドに近づこうと動く彼らに、先生はピシャリと言い、体温計を差し出してくる。
ピピッっと電子音が鳴り、見ると『37.0』
「あら?ずいぶん下がったのね。やっぱり寝不足と雨に濡れたのが良くなかったのね」
先生は安心したように眉を上げた。
俺はそろりと身を起こす。
体はまだ重いが、頭痛はかなり楽になった。
「寮に帰れるわね?中川くんがどーーーしても面倒見るって言うから、彼に色々頼みなさい」
先生は諦めたように言い、「みーちゃん先生に報告してくるから」と、保健室を出ていった。
「なっつーん、マジでびっくりさせやがって、具合悪いなら言えよ、コノヤロー!」
鍛治原が遠慮なく、俺の髪をガシガシとかき混ぜる。
体を引いてその手を払うと、鍛治原が呆気にとられたような顔をした。
「ゆう、一応病人なんだからやめなよ。すごい高熱だったけど、何だったんだろうね。知恵熱?」
日向がフォローするが、その視線から逃れるように、顔を反対へ向ける。
「ナツ……」
「なっつん……」
俺はなるべく冷たく聞こえるように低い声を出した。
「助けてくれてありがとう。後は大丈夫だから、もう俺に構わないで。……でも本当、ありがとうな」
誰も微動だにせず、俺の横顔をじっと見ている。
保健室に気まずい沈黙が降りる。
と、その時
「俺は嫌だ!」
壱哉が張り詰めた空気を打ち破るように大声を出し、その場にいた全員がビクッと肩を跳ねさせた。
「俺はナツの心配したいし、そばにいたいし、話しかけたいし、構いたいし、それに、えーと……いつも笑っていてほしい!ナツが好きだから!えっ、えっと……友達だから。何があっても、絶対離れない!だから俺のこと、信じろよ!」
一気に言った壱哉に驚いて、目を見開き、思わずあんぐりと口を開ける。
続いて鍛治原が「ふっ」と鼻で笑って、頬を緩めた。
「どんなに拒絶しても、ちゃんとお礼言うなっつん、オレは好きだぜ。いきなりのツンデレにときめいちまった」
日向が同調するようにうんうんと頷き
「何があったかは知らないけど、ボクたちは味方だからね。だから、無理に離れようとしても無駄だから。特にいっちーは」
と言って、ずいっと俺に顔を寄せる。
その優しい表情に見惚れていると、横から手が伸びてきた。
「日向、近い!鍛治原はナツにときめくのやめて!あと好きとか言わないで!」
壱哉は真っ赤な顔になっていて、鍛治原に「いっちーも言ってただろ!」とツッコまれて、また3人でわぁわぁと喚いている。
その光景を見ているうちに、頑なだった心が嘘みたいに解けていく。
どんなに突き放しても、こいつらは離れてくれないんだな。
なんだよ俺、これじゃ構ってほしくて拗ねてる子供みてーじゃん。
俺はとうとう我慢できずに「ぷっ」と吹き出した。
「あははっ!お前らうるさすぎ!ここ保健室で、俺は病人なんだけど!」
目元の涙を拭いながら言うと
「「誰のせいだよー!」」
と、一斉にツッコミが入り、またひとしきり笑い合った。
曇り空に薄日が差し、夕方の保健室が細く照らされる。
その光に照らされた3人の姿が、やけに目に眩しい。
床に映る、輪郭のぼやけた自分の影に「ここにいてもいい」と肯定されたような、妙な安心感を覚えた。
今まではどこかで線引きしていたけど、子供のころみたいに、もう一度心から信じたい。
それで、もし傷ついたとしても、壱哉が「信じろ」と言ってくれたから大丈夫な気がする。

1人で歩けると言ったのに、壱哉はがっしりと俺の肩を抱えるようにして、寮に帰ってきた。
「ほら、靴脱いで……ちゃんと布団かけて……喉渇いてない?……お腹すいてない?……何か必要なものある?」
自分の布団まで上からかけてきた壱哉に、俺は嬉しさ半分、呆れ半分で起き上がった。
「あっちぃんだよ!喉も渇いてないし、腹も減ってない!お前、忙しいんだろ?俺はもう大丈夫だから。なんでそんなに俺にばっかり構うんだよ」
壱哉はピタッと動きを止める。
一度視線を落とし、瞳を揺らしてから数十秒、決意のこもった目で俺をじっと見つめてきた。
「好きだから……」
「え?」
「あのさ、もう我慢できないから、はっきり言うね。さっきは友達なんて言ったけど、俺は一人の男として、ナツが好きなんだよ」
「はぁ?」
何の脈絡もない突然の告白に、頭が混乱して、胸の奥が少しだけ騒がしくなる。
「それってどういう意味だよ」
「……友達としても好きだけど、恋愛のほうの好き」
きっぱりとした口調に、俺は釈然としない気持ちで、眉を顰めた。
「なんだよ、それ。まさか同情か?俺、別に男が好きなわけじゃねーし」
わざと跳ね除けるように言うと、壱哉は首を横に振る。
「全然違うよ。同情じゃないし、俺だって男が好きなわけじゃない」
「じゃあなんで?イチは俺を好きな理由、ちゃんと言えんの?」
挑発するように眉を上げる。
壱哉は頬を赤く染めて両手で口を覆い、嘆くように言った。
「そんなん、俺だって分かんねぇよぉ。分かんねぇけど、いつの間にか好きだと思っちゃったんだからしょうがねぇじゃん!最初は無表情で、つまんなそうなやつだと思ってたのに、たまに目がキラキラしてるのが可愛くて……。関わるようになってからは意外と気さくで面白いし、俺が話してるとじっと見てきて、その顔がまた可愛くて……。あぁ、こんなの俺だけが知ってるんだなと思ったらたまらなくなって……………あ、なんで笑うんだよ」
じとりと睨まれて、自分が知らず知らずのうちに笑っていたことに気づく。
「あ、ごめん。なんか面白くなってきちゃって」
壱哉がため息をついてから、また弱々しい声を出した。
「俺、頼れる男になりたいのに、ナツが具合悪いのにも気づけないし、情けないところばっかり見せてる。俺が守るって決めたのに。そのために変わりたいって思ってたのに」
決まり悪そうに身をすくめる。
俺はまたクスクス笑ってしまい、なんとも恨めしそうな顔をされた。
その頭にポンポンと手を乗せて
「そんなことないし、イチはそのままでいいよ。鈍感で、素直で、飾らなくて、一生懸命で、頑張り屋で、ちょっとヘタレなところも。それがイチのいいところだろ?」
と言うと、壱哉の顔がみるみるうちに赤くなる。
それを見ていると、俺の心も温かい色に染められていくような気がした。
「それに、保健室に運んでくれた時、すげーかっこよかったよ。守ってくれてありがとな」
追い打ちをかけるように言うと、壱哉はもう限界というようにベッドの端に顔を突っ伏した。
すかさず、その頭をワシャワシャと撫でる。
さらさらと触り心地のいい茶髪が指の間をすり抜けても、速くなった心臓の鼓動はまだ落ち着きそうになかった。