唇をきゅっと引き結び、人波を縫って歩く。
あの時、1人だと答えた壱哉に無性にイライラした。
いや、隠れたのは俺なんだけど。
もしかして壱哉も、あの子と回りたかったのかな。
だったら、俺がここ何日か無駄に悩んでいた時間を返してほしい。
恋愛も頑張るって言ってたんだから、俺なんかに構わなければいいのに。
だいぶ早歩きだったようで、息が上がってきて足を止める。
気づけば参道の入口まで来ていて、屋台はほとんどなく、人も少なくなっていた。
ふーっと息を吐き出したところで、後ろから肩をたたかれる。
壱哉だと思い、とっさに怒った顔を作って振り向いた。
「……え」
提灯の明かりに照らされて、俺を見下ろしていたのは、辰己だった。
心臓が嫌な音を立て、一瞬で指先が冷たくなる。
「夏太郎…」
「な、なんで…?」
なんでこんなところにいるんだ?
しかも、あろうことか話しかけてくるなんて。
もう一生会わないと思っていたのに。
目を丸くしている俺に、辰己はかすかに口角を上げ、眉尻を下げた。
「久しぶりだな」
俺は完全に言葉を失い、1歩、2歩と後ずさる。
そんな俺に、辰己はじりじりと近づいてきた。
「夏太郎、会いたかった……!お願いだから、オレの話を聞いて」
「は、話なんて」
後ろへよろけそうになった俺の腕を、辰己が素早く掴む。
俺の手が小刻みに震えているのに気づいて、辰己は今にも泣き出しそうな顔をした。
「ずっと、ずっと謝りたかったんだ。だから、逃げないで」
「……は?」
逃げるも何も、最初に突き放したのはそっちだろう。
今さら謝りたいだなんて……
怒りが湧いてきて、辰己の手を振りほどこうと強く引く。
しかし、逆に引かれてしまい、気づいたときにはその腕の中にいた。
自分の状況が飲み込めず、体が硬直する。
そんな俺を、辰己はさらに強く抱きしめた。
「夏太郎!オレ、本当は!」
「ナツから離れろ!!!」
少し遠くから足音と怒声が聞こえて、辰己の腕の力が緩む。
次の瞬間には、俺を背に隠すようにして壱哉が立ちはだかった。
走ってきたらしく「ふーっ、ふーっ」と肩で息をしていて、うなじやこめかみが汗だくになっている。
それでも辰己を睨みつける眼光は鋭く、いつも穏やかな壱哉の、初めて見る横顔だった。
辰己はそんな壱哉の顔をまじまじと見つめ、ハッとする。
「中川か!久しぶりだな。……なんでこんなところに?」
「はぁっ、はぁっ、そっちこそ、何の用だよっ」
「オレは……たまたま同中のやつらと来てたんだよ。それで、夏太郎を見つけて……」
辰己は両方の拳を握って、グイッと壱哉に詰め寄った。
俺は壱哉の背中で身を縮こませる。
「どけよ。夏太郎と話したいんだ」
壱哉は少しだけ俺のほうに顔を向けた。
どうしたいか、問われているんだろう。
俺は壱哉のTシャツの裾を引っ張り、やっと聞こえるくらいの声で「嫌だ」と言った。
壱哉は小さく頷く。
「だめだ。俺たち、もう帰らないといけないから」
「そんなこと言うなよ。10分だけでいいから」
「無理、ここからだいぶ遠いから」
「じゃあ、連絡先教えろよ。都合がいい日教えて……」
「いい加減にしろよ!ナツが嫌がってるだろ!」
怒鳴られた辰己は、片側の口角を上げて、笑っているのか怒っているのか分からない表情をした。
数秒、沈黙が降りる。
それから、壱哉の背中をのぞきこむようにして言った。
「なんだよ、お前ら、そういうことかよ」
壱哉は俺の震える手をぎゅっと握り、辰己に見せつけるように持ち上げる。
「そういうことだよ。だからもうナツに構うな!」
言い捨てるなり、走り出した。
俺はうまく動かない足をもつれさせながら、引き連れられていく。
寮への帰り道をとぼとぼと歩いていく。
なぜ辰己があんなところにいたのか、まだ信じられない。
俺の体は震えていて、自分のものじゃないみたいに感覚が遠くなった。
繋いだ手の熱さだけが、これは現実なんだと、嫌でも思い知らせてくる。
久しぶりに正面から見た辰己の顔は、当たり前だけど小学生の時とは違っていて、俺が逃げ続けた時間の長さを物語っていた。
「ナツ?大丈夫?」
「うん……」
「1人にしてごめん」
「いや……」
気遣わしげに顔を覗き込む壱哉に、俺は目を合わせられず、おぼろげに自分の足元を見る。
こいつの態度だって変だった。
同級生と久しぶりに顔を合わせただけ。
いくら俺が避けているのを知っていたからって、あんなふうに睨みつけるか?
俺は1度きゅっと口を結んでから、震える吐息とともに開いた。
「…イチ、なんであんなに必死に追いかけてきたの?」
壱哉は視線を下げて、答えるのを躊躇っている。
けれど、俺がじっと見つめると、決心したように口を開いた。
「ユメ……神社にいたやつらが、辰己も来てるって言ってたから、もしかしたら、ナツと鉢合わせするかもと思って……」
「辰己のこと、知ってたんだ」
「…うん。1年の時、同じクラスだった」
聞きたくないけど、聞かずにはいられない。
俺は、ゴクリと唾を飲み込んで、掠れた声を出した。
「そう……じゃあ……あの話は?」
壱哉は俺の反応を伺いながら、ゆっくり頷く。
やっぱりな……
怖くてたまらないけど、俺は全身に力を入れて、無表情を装った。
「なんで知ってたの?あいつらが何か言ってた?」
目をそらす壱哉の手を、グイッと引っ張って答えを促す。
なんでかなんて、俺にだって何となく想像がつく。
だから、もう、ごまかしても意味がない。
「教室で、話してた。辰己と、辰己の取り巻きみたいなやつらが。あの時はまだナツのこと知らなかったけど、殴りたいくらい、すげぇムカついた」
「……そっか」
もう解放されたと思っていたのに、まだあいつらは、俺のことを面白おかしく話していたんだ。
怒りよりも情けなさがこみあげてきて、壱哉の手を静かにほどき、1歩後ろへ下がる。
「俺のことを知ったのはいつ?」
「3年で同じクラスになったとき。夏太郎って珍しい名前だから、あいつらが言ってたの覚えてて……」
壱哉は俺がどんな扱いをされていたか、全部知っていながら、今まで普通に話しかけてきてたんだ。
喜ぶべきなのか、怒るべきなのか、今は分からない。
「へぇ……」
それだけ言うと、目の奥が熱くなってきて、鼻がツーンと痛くなった。
「本当はすぐ話しかけたかったんだ。でも、ナツはいつも1人で、誰も近づけさせない雰囲気だったし、きっかけがなくて。あんな噂、気にするなって、ずっと伝えたかったのに、俺に向き合う勇気がなくて……」
言い訳みたいに話す壱哉。
「そんなの、お前が気にすることじゃないだろ」
俺のことなんか、ずっと無視していれば良かったんだよ。
壱哉は縋るように俺の手を掴んだ。
「ナツ、そうじゃなくてっ!俺はただ友達になりたかったんだよ!噂がどうとかじゃなくて、ナツが……」
「分かってるよ。もういい、この話は終わり。……早く帰らないと、門限過ぎるだろ?」
もうこれ以上、何も聞きたくない。
話を遮り、掴まれているほうとは反対の手で、壱哉の手をそっと引き剥がす。
壱哉はまだ何か言いたそうに口を開いたけれど、俺は頭を横に振って、精一杯の笑顔を見せた。
俺は1人で大丈夫なんだと、壱哉に分からせたくて。
ぽつりと、顔に雨が当たる。
そういえば、あの日も落ちてきた雨粒に、空を見上げたんだっけ。
あの時、1人だと答えた壱哉に無性にイライラした。
いや、隠れたのは俺なんだけど。
もしかして壱哉も、あの子と回りたかったのかな。
だったら、俺がここ何日か無駄に悩んでいた時間を返してほしい。
恋愛も頑張るって言ってたんだから、俺なんかに構わなければいいのに。
だいぶ早歩きだったようで、息が上がってきて足を止める。
気づけば参道の入口まで来ていて、屋台はほとんどなく、人も少なくなっていた。
ふーっと息を吐き出したところで、後ろから肩をたたかれる。
壱哉だと思い、とっさに怒った顔を作って振り向いた。
「……え」
提灯の明かりに照らされて、俺を見下ろしていたのは、辰己だった。
心臓が嫌な音を立て、一瞬で指先が冷たくなる。
「夏太郎…」
「な、なんで…?」
なんでこんなところにいるんだ?
しかも、あろうことか話しかけてくるなんて。
もう一生会わないと思っていたのに。
目を丸くしている俺に、辰己はかすかに口角を上げ、眉尻を下げた。
「久しぶりだな」
俺は完全に言葉を失い、1歩、2歩と後ずさる。
そんな俺に、辰己はじりじりと近づいてきた。
「夏太郎、会いたかった……!お願いだから、オレの話を聞いて」
「は、話なんて」
後ろへよろけそうになった俺の腕を、辰己が素早く掴む。
俺の手が小刻みに震えているのに気づいて、辰己は今にも泣き出しそうな顔をした。
「ずっと、ずっと謝りたかったんだ。だから、逃げないで」
「……は?」
逃げるも何も、最初に突き放したのはそっちだろう。
今さら謝りたいだなんて……
怒りが湧いてきて、辰己の手を振りほどこうと強く引く。
しかし、逆に引かれてしまい、気づいたときにはその腕の中にいた。
自分の状況が飲み込めず、体が硬直する。
そんな俺を、辰己はさらに強く抱きしめた。
「夏太郎!オレ、本当は!」
「ナツから離れろ!!!」
少し遠くから足音と怒声が聞こえて、辰己の腕の力が緩む。
次の瞬間には、俺を背に隠すようにして壱哉が立ちはだかった。
走ってきたらしく「ふーっ、ふーっ」と肩で息をしていて、うなじやこめかみが汗だくになっている。
それでも辰己を睨みつける眼光は鋭く、いつも穏やかな壱哉の、初めて見る横顔だった。
辰己はそんな壱哉の顔をまじまじと見つめ、ハッとする。
「中川か!久しぶりだな。……なんでこんなところに?」
「はぁっ、はぁっ、そっちこそ、何の用だよっ」
「オレは……たまたま同中のやつらと来てたんだよ。それで、夏太郎を見つけて……」
辰己は両方の拳を握って、グイッと壱哉に詰め寄った。
俺は壱哉の背中で身を縮こませる。
「どけよ。夏太郎と話したいんだ」
壱哉は少しだけ俺のほうに顔を向けた。
どうしたいか、問われているんだろう。
俺は壱哉のTシャツの裾を引っ張り、やっと聞こえるくらいの声で「嫌だ」と言った。
壱哉は小さく頷く。
「だめだ。俺たち、もう帰らないといけないから」
「そんなこと言うなよ。10分だけでいいから」
「無理、ここからだいぶ遠いから」
「じゃあ、連絡先教えろよ。都合がいい日教えて……」
「いい加減にしろよ!ナツが嫌がってるだろ!」
怒鳴られた辰己は、片側の口角を上げて、笑っているのか怒っているのか分からない表情をした。
数秒、沈黙が降りる。
それから、壱哉の背中をのぞきこむようにして言った。
「なんだよ、お前ら、そういうことかよ」
壱哉は俺の震える手をぎゅっと握り、辰己に見せつけるように持ち上げる。
「そういうことだよ。だからもうナツに構うな!」
言い捨てるなり、走り出した。
俺はうまく動かない足をもつれさせながら、引き連れられていく。
寮への帰り道をとぼとぼと歩いていく。
なぜ辰己があんなところにいたのか、まだ信じられない。
俺の体は震えていて、自分のものじゃないみたいに感覚が遠くなった。
繋いだ手の熱さだけが、これは現実なんだと、嫌でも思い知らせてくる。
久しぶりに正面から見た辰己の顔は、当たり前だけど小学生の時とは違っていて、俺が逃げ続けた時間の長さを物語っていた。
「ナツ?大丈夫?」
「うん……」
「1人にしてごめん」
「いや……」
気遣わしげに顔を覗き込む壱哉に、俺は目を合わせられず、おぼろげに自分の足元を見る。
こいつの態度だって変だった。
同級生と久しぶりに顔を合わせただけ。
いくら俺が避けているのを知っていたからって、あんなふうに睨みつけるか?
俺は1度きゅっと口を結んでから、震える吐息とともに開いた。
「…イチ、なんであんなに必死に追いかけてきたの?」
壱哉は視線を下げて、答えるのを躊躇っている。
けれど、俺がじっと見つめると、決心したように口を開いた。
「ユメ……神社にいたやつらが、辰己も来てるって言ってたから、もしかしたら、ナツと鉢合わせするかもと思って……」
「辰己のこと、知ってたんだ」
「…うん。1年の時、同じクラスだった」
聞きたくないけど、聞かずにはいられない。
俺は、ゴクリと唾を飲み込んで、掠れた声を出した。
「そう……じゃあ……あの話は?」
壱哉は俺の反応を伺いながら、ゆっくり頷く。
やっぱりな……
怖くてたまらないけど、俺は全身に力を入れて、無表情を装った。
「なんで知ってたの?あいつらが何か言ってた?」
目をそらす壱哉の手を、グイッと引っ張って答えを促す。
なんでかなんて、俺にだって何となく想像がつく。
だから、もう、ごまかしても意味がない。
「教室で、話してた。辰己と、辰己の取り巻きみたいなやつらが。あの時はまだナツのこと知らなかったけど、殴りたいくらい、すげぇムカついた」
「……そっか」
もう解放されたと思っていたのに、まだあいつらは、俺のことを面白おかしく話していたんだ。
怒りよりも情けなさがこみあげてきて、壱哉の手を静かにほどき、1歩後ろへ下がる。
「俺のことを知ったのはいつ?」
「3年で同じクラスになったとき。夏太郎って珍しい名前だから、あいつらが言ってたの覚えてて……」
壱哉は俺がどんな扱いをされていたか、全部知っていながら、今まで普通に話しかけてきてたんだ。
喜ぶべきなのか、怒るべきなのか、今は分からない。
「へぇ……」
それだけ言うと、目の奥が熱くなってきて、鼻がツーンと痛くなった。
「本当はすぐ話しかけたかったんだ。でも、ナツはいつも1人で、誰も近づけさせない雰囲気だったし、きっかけがなくて。あんな噂、気にするなって、ずっと伝えたかったのに、俺に向き合う勇気がなくて……」
言い訳みたいに話す壱哉。
「そんなの、お前が気にすることじゃないだろ」
俺のことなんか、ずっと無視していれば良かったんだよ。
壱哉は縋るように俺の手を掴んだ。
「ナツ、そうじゃなくてっ!俺はただ友達になりたかったんだよ!噂がどうとかじゃなくて、ナツが……」
「分かってるよ。もういい、この話は終わり。……早く帰らないと、門限過ぎるだろ?」
もうこれ以上、何も聞きたくない。
話を遮り、掴まれているほうとは反対の手で、壱哉の手をそっと引き剥がす。
壱哉はまだ何か言いたそうに口を開いたけれど、俺は頭を横に振って、精一杯の笑顔を見せた。
俺は1人で大丈夫なんだと、壱哉に分からせたくて。
ぽつりと、顔に雨が当たる。
そういえば、あの日も落ちてきた雨粒に、空を見上げたんだっけ。


