いや……、ありがたい。光栄だ。
でもな、そういうのはもっと……他に適任がいるだろうが。
こっちは人見知りで、日陰に生えた草みたいな勇者だぞ。やめてくれ。婚約イベントなんて、最上級クエストもいいところだ。死んでしまう。
連日の戦闘、地道な探索、大陸海路往復の長旅、疲労と困惑でよろけているところを、ノリも頭も軽い弓使いが「いいんじゃね? いつ戦死するかもわからないし。今のうちに跡継ぎ作っとくのも」とかわけのわからないことを言い出した結果──
ついに俺は卒倒。
宿屋に担ぎ込まれ、今に至る。
幸い、縁談については賢い神官がやんわり話を逸らしてくれたらしい。
戦士がさっき教えてくれたので、まあ多分、逃げ切れたと思っていいだろう。
ああ……ようやく終わった。
やっと静かになった。
「いぐらなんでも、結婚はねぇど……」
気が抜け過ぎて、つい故郷の独特な訛りが漏れる。
田舎臭さ丸出しが恥ずかしくて、普段は標準語で話すように心がけているのだが、消耗しきっていたり、気が抜けてると舌が緩む。
天井の木目をぼんやり眺めながら、しばらく無になり、寝返りを打ち、ため息を吐き。
「糖分だべ……」
無意識に口走った。
ゆっくりと体を起こし、外套を羽織る。
防具の金具がカチリと鳴って床に落ちていく。
動くだけで体が悲鳴を上げるが、もう構っていられない。
それよりも遥かに強い意志が、脳を牛耳っていた。
足を引きずりながら、宿屋の廊下を進む。
ふらふらと、まるでゾンビ。
脳内で「糖分……糖分……」と呟きながら階段を降りた。
途中、隣の部屋の扉が軋む音がした。
ひょこっと顔を出したのは、神官と戦士。
「勇者さん、大丈夫ですか……?」
「顔色やばいっすよ。魂抜けてません?」
俺は無言で親指を立てた。
たぶん笑顔を作ったつもりだったが、顔面が死んでるのは自覚している。
「どこ行くんです?」
「……ちょっとそこまで」
「えっ、まさか、また⁉︎」
「……体が、糖分と契約したがってるから」
しばしの沈黙。
神官が小さくため息をつく。
「……疲れすぎて逆に覚醒しちゃってますね」
「ついて行った方がいいんじゃないですか?」
心配を口にする戦士に、神官が首を横に振る。
「ほっときましょう。いつものことですので」
二人の視線を背に受けながら、俺は無言で階段を降りた。
その足取りは、まさしく“糖分を求め彷徨う亡者”のようだった。

