人見知り勇者さんは、今日もどこかでぼっち飯。

 白濁色のスープの上に積み上がる、野菜と脂が折り重なった山脈(さんみゃく)

 分厚いオークチャーシューが三枚、壁のように立てかけられている。
 頂上からは湯気が噴き上がり、照明を反射して幻想的に輝いていた。

 幾重にも折り重なったキャベツと魔豆芽(まもやし)、そして山頂には背脂のどか雪。

 これは食べ物か建築物か、どっちなのかと数瞬脳がバグる。

「……いただきます……」

 祈るように口にして、どんぶりを引き寄せる。
 レンゲですくい、そっとスープを口に含む。

「ッ…………ん!」

 脂が舌にまとわりついて、あとからハーブの清涼感が駆け抜ける。

 馬鹿みたいに濃厚──なのに後味が軽い。罪なのに、救いがある。

 これは危険だ。背徳と幸福が手を取り合って踊り狂うような。

 原罪(げんざい)の味──まさにそう呼ばざるを得ない。

 箸を持つ手が震える。
 次は麺だ。

 麺と具の山肌に気圧されつつも、勇者の使命感でもって、ようやく麺をつかむ。

 金色に輝くちぢれ麺。
 スープをたっぷり吸ったそれを一気に口へ運ぶ。

 ずぞぞっ──。

 (すす)った瞬間、口の中が一瞬で支配される。

 もっちりとした食感。スープの脂が舌を包む。熱い。濃い。なのに止まらない。次が欲しくなる。

 啜る。噛む。飲む。……そしてまた啜る。

 気づけば、箸の動きが止まらない。
 ずるずるという音が、ただただその場に響く。

 半分ほど食べ進め、今度は箸を敵の本丸──オークチャーシューへと向ける。

 厚さ、指三本ぶんといったところ。
 表面は香ばしく焦げ目が入り、内側はとろとろ。

 箸でつまんだだけで、ほろりと崩れかける。
 誘われるように口に運び、舌の上に迎える。

 噛んだ瞬間、肉の繊維がほどけて脂が弾けた。
 そして……甘い。
 なんだこの柔らかな肉の旨みと極上の甘みは……。

「うっま……」

 声が漏れた。
 それを見た店主が、そうだろうと言わんばかりにしたり顔をする。

 チャーシューというからには、若干の獣臭さを身構えたが、ハーブ飼育のおかげか臭みを全く感じない。

 それどころか、くどすぎない旨みと甘みが、こってりとしたスープ、もっちり麺に最高に合う。

 正直、オークにはいい印象がなかった。

 子どもの頃、遠方の村に住む叔父がオークに襲われ喰われたと知った時は、しばらく食事が喉を通らなかったほど。

 ……なのに。悔しいけど──

 箸に挟まれ震えるオークチャーシューはてらりと輝き、すでにゴリゴリに削られた理性に追い打ちをかけてくる。

 俺は抗えず、またも豪快にかぶりついてしまう。

 複雑な気持ちになりつつも、死んだ叔父を思うと俄然食べなければとやる気になって、俺は再びどんぶりの中の戦場へと戻る。

 麺と肉と脂の混ざった濁流。
 レンゲですくえば、キャベツと魔豆芽がシャキッと音を立てる。
 咀嚼(そしゃく)する度、申し訳程度に残された最後の理性が溶けていく。

 止まらない。止まるわけがない。

 ずずっ、ずぞぞぞっ、ぞるぞるぞるぞるぞるッ──。

 最後の一本になるまで、派手な音を立てながら俺は麺を啜り続けた。

 箸を置いたとき、まるで戦闘後のように呼吸が浅くなっていた。
 汗が一筋流れ落ちて、背中に貼りつく。

 レンゲをどんぶりの底に沈め、スープを最後の一滴まで、トドメを刺すように飲み干す。
 紅の文字が、油の間からゆらりと浮かび上がる。

『また来な。』

 剣を鞘に戻すような力加減でどんぶりを静かに置き。
 ふー、と静かに息を吐く。
 満足が胃の奥まで満ちていく気がした。