人見知り勇者さんは、今日もどこかでぼっち飯。

 火の粉がゆっくりと舞い、夜空に昇る。

 焚き火の前に胡座(あぐら)をかき、使い終えた串をくべていく。
 熱と胃袋が同時に落ち着いて、うとうとしてくる。

 静かだ。静かすぎて、なんだか昔のことを思い出す。

 魔王を討ち滅ぼす一振り──聖剣の輝きに選ばれ、十五歳の頃、ある日突然勇者にされた。

 有無を言わせず、ってやつだ。

 この世界の均衡(きんこう)を崩す災いが生じると、聖剣は世界に顕現(けんげん)し、自らを振るうに相応(ふさわ)しい勇者を選定する。

 災い……というのは、一概にこれと言い難い。記録上様々あるが、

 今回は、魔族を率いて大陸全土を支配せんとする魔王の討伐──とされている。

 勇者に選ばれる者に共通点はなく、王家の血筋、腕の立つ剣士であることもあれば、俺のように、剣も握ったこともないような、生まれてからずっとただ畑を耕してきただけの農民がその任を課されることもある。

 拒否権はなく、勇者と成った者はすべからく、王都に召集され旅立ちを余儀なくされる。

 そして命尽きるまで、災いの根絶に心血を注ぐ。

 それが名誉なことであると、大半の勇者は思うらしいが、俺は……今でも、そうなのだろうかと、思ってしまう。
 

 そんなことを考えていると、決まって頭に浮かぶのは──故郷の景色だった。

 辺境の寒村。

 畑の土の匂いと、戯れた虫や家畜たち。
 心優しい養父母。
 駆け回った野山。

 帰りたい。
 あの場所に、もう一度帰りたい。

 だが、いくら思い出しても帰れぬ場所など、思い出すぶん辛いだけ……といつしか思うようになり、記憶の奥に沈めていた。

 見知らぬ土地を渡り、次々と襲いかかってくる魔物や、魔族を倒し続けることも。
 魔王のいない平和な世界、家族の(かたき)、魔族の根絶──そんな際限ない重責を背負うのも、けして楽ではなく。

 全部放り出せたらどんなにいいか──そう思う夜は幾度もあった。

 だから、誰も待っていない島で、誰の期待も背負わずに、“勇者じゃない自分”に戻れるなら──それも悪くないと思ってしまった。

 でも……。
 一人は好きだけど、孤独が好きなわけじゃないんだ。

 帰る場所があるから、きっと俺は──。

 仲間たちの顔が次々に浮かぶ。

「かえり……たい、な」

 …………気のせいか。
 さっきから、
 ……指先が、妙に冷たい。
 焚き火に当たっているのに、……寒い。

 ……あれ、なんだ、これ……。

 目蓋(まぶた)が急に重くなる。
 眠気の種類が──違う。
 寒い。異様に。

 波の音も、風の音も──すべてが遠ざかっていく。
 意識さえも。

 変だ……と思った時には遅く。

 体が砂に沈むように動かなくなり、焚き火の光が(にじ)む。

 火が(つい)えるように、自分という形が薄れていく──。

 ──落ちていく。

 冷たい闇が、静かに全身へ満ちていった。

『……さ……ん──ッ!』

 ──、

 闇の底に沈んでいく最中、一筋の光がゆらゆらと差し込んできた。
 水面から届く月明かりのように、静かで、優しい。

『……者さん……!』

 誰かが呼んでいる。
 懐かしい声。柔らかくて、必死で──泣きそうな声。

『──目を開けて……‼︎ 勇者さん──‼』

 ()てついた心臓が、動き出す。
 光に向かって手を伸ばすと、強く握り返された。