人見知り勇者さんは、今日もどこかでぼっち飯。

「──っ……う」

 砂が頬に貼りついて、口の中が塩辛い。
 波が寄せては返すたび、体の下の砂が少しずつ形を変える。

 ここは、……俺は……いったい。

 ゆっくり(まぶた)を上げると、視界は青く澄み切り、太陽が真上にあった。

 真横には、波を浴びた聖剣。
 上体を起こせば、ふとももに重く生臭い感触。

「げっ……」

 黒紫の異物、ぬめり、びっしり並んだ吸盤。
 キングクラーケンの切断された巨大な脚が、俺の足首に絡みついていた。

 周囲には折れたマストの破片、帆布(はんぷ)の切れ端、割れた板片。
 漂着物が一面に散っているが……仲間の姿だけが見当たらない。

「……みんな……」

 声に出した瞬間、昨夜の景色がひと塊になって(よみがえ)る。

 そうだ……。

 ウンディーネとの契約を済ませた帰路。
 順風だった航路は、夜半(やはん)に一変した。

 空は荒れ、海は黒く染まり、雷光が水平線を裂き、やがて白沸(しらわ)きの泡の底から──のたうつ巨影が現れた。

 キングクラーケン。
 海上で出会えば死しかない──最悪の魔物だった。

 俺たちは船員を船底へ避難させ、船体を呑み込もうと身を起こすそれを、甲板で迎え撃った。
 雨が床板を穿(うが)ち、矢は突風で殺され、詠唱(えいしょう)は雷鳴に掻き消された。

 長い攻防の末、どうにか急所を貫くも、こちらの陣形は総崩れ。
 膝をつく戦士、武闘家──その危機に気づいた神官が祈りを紡ぎ始めた、直後。
 一本の触手が甲板を()ぎ、彼女へと伸びる。

 まずい──。

 反射で体が動く。神官の肩を突き飛ばし、俺の腹部へ冷たい触手が絡みつく。

「……勇者さん──‼︎」

 神官の叫びと共に体が浮き、世界が裏返った。
 割れた海に叩きつけられ、視界は泡と闇。最後の足掻(あが)きに吸盤の連なりを聖剣で払う。
 絡みつく力が緩んだ隙に、さらにもう一刀、脚が暴れ、渦が巻く。息が尽きる。上も下も分からなくなって──そこで意識が途切れた。

 あれから、どのくらい経ったのか。
 仲間たちは無事なのか。
 いや……きっと大丈夫だ。これまで、いくつもの死線を越えてきた彼らだ。
 生き残ってくれているはず。確かめる(すべ)はないが、なぜだかそう確信できた。

 立ち上がって周囲を見回す。
 海を渡る船や島影は見当たらない。

 仲間の心配もそうだが、俺もこの状況を打開する方法を探さなくては……。

 転移魔法は神官と魔法使いがいないと使えないしな……。

 こういう時はやはり、イカダを作る……とか。

 いや、まずは下手に動かず狼煙(のろし)を上げるのが先決かな。

 ……それにしても。

 腹、減ったな。

 この非常時だというのに、腹は空気を読まずにか細く鳴き出す。

 その音が虚しく消えていく。だが恥じる必要もない。
 だって、ひとりなんだから。

 このだだっ広い、人の気配のない浜辺に──圧倒的、ひとり。

 ひとり……ひとり、か。

 ふー……と、顔を手で覆って大きく長く息を吐く。
 長い沈黙の後、妙な落ち着きが浸透する。

 まあ……うん。
 一人なら、何したって構わないよな──。