人見知り勇者さんは、今日もどこかでぼっち飯。

 西の果て──港町ルミエル。

 夜の群青が薄まり、潮騒(しおさい)の響く白い街に朝焼けが広がっていく。

 海鳥たちの声。小さく見える帆船(はんせん)がきらめく水平線をゆっくりなぞる。

 次の目的地は南西の孤島(ことう)──水を(つかさど)神精霊(しんせいれい)湖畔(こはん)のウンディーネとの契約を果たすための針路(しんろ)だ。
 出航(しゅっこう)までの二日間、俺たちはこの町で束の間の休息を取っている。

 いつもより早く目が覚めた俺は、まだ眠っている仲間たちを起こさぬようベッドからそっと抜け出し、宿屋を出た。

 外へ出ると、港の方からパンを焼く香ばしい匂いが流れてくる。
 それは懐かしく、穏やかな匂いだった。
 少しだけ故郷を思い出し、期待感が高まる。

 きっと近場にいい店がある。
 悪くない朝だ。

 石畳の坂を下り切ると、海に面した一軒のカフェを見つけた。

 『カフェ・デイブレイク』──吊るした流木(りゅうぼく)に白ペンキで店名を刻んだ看板が、貝殻の風鈴と一緒にからんと鳴る。

 白い壁に木枠の大きなガラス窓。ロープの手すり、装飾の(いかり)、鉢植えのローズマリー。

 テラスには、海を正面にした席が二つ。白い木製の椅子が並び、丸いテーブルの下ではふっくらとした猫が伸びたまま眠っている。そのお腹の上を、時折、潮風がやさしく吹き抜けていく。

 焼きたてのパンの匂いと、薄いコーヒーの香り。波の音と、カップの触れ合う音が混ざって心地良い。

 ここにしよ。
 そう思ったのと同じタイミングで、店主の女性が奥から顔を出した。
 袖を肘まで(まく)り上げた手で、髪をロープ紐ごとまとめ直す。

「おや、いらっしゃい。テラス空いてるよ」

 誘われるまま海側の席に腰を下ろし、俺はメニュー表のモーニングの文字を指差す。

「はいよ。今朝は“マーメイドソルトの潮騒(しおさい)バゲットサンド”──港の塩で焼いた名物だよ」

 やがて、湯気の立つカップが置かれる。

 “マリンミントティー”。海辺で育つミントを乾燥させて()れたという、港町定番の朝の一杯。

 ひと口飲むと、波打ち際のような清涼感が喉を抜け、鼻の奥がすうっと開いていく。
 前に飲んだスライムフレーバーコーヒーとは違う。陽光に照らされた海面のような透き通った青がいい感じだ。

「──お待たせ」

 続いて木皿の上に乗った焼きたてのバゲットサンドが置かれる。

 刃を入れたばかりのバゲットは、表面がピンと張っていて、外はカリッ、中はしっとり。かぶりつかなくても想像ができる。

 浜辺の精霊、マーメイドの涙から精製される──“マーメイドソルト”を練り込んだ生地。
 薄く溶け残った塩の結晶が、砂浜の白みたいにキラッと光る。

 潮の香りとほのかな甘みが混じるパンの間には、惜しみなく挟まれた今朝採れのレタスとトマト、半熟のゆで卵、ぷりっとした港産の肉厚シュリンプ。
 それらをひと繋ぎにする深緑のバジルソース。

 皿の端には付け合わせの細切り揚げ芋。
 散らされた胡椒とほんのりレモンの香り。シンプルな味付け──こういうの、好きなんだよなあ。

 うまそう。
 いや、これでうまくないはずがない。

「いただきます」

 短い祈りを済ませ、両手で掴み、大きく一口。

「っ……!」

 ガリッという小気味いい破裂音。塩の粒が舌で弾け、パンのほのかな甘みが包み込む。
 シャキッとしたレタスとトマト、卵のまろやかさ。海老の塩気と贅沢(ぜいたく)な食感。アクセントのソースの爽やかさ。
 噛むたびに海と大地の味が渾然(こんぜん)一体になって、ああ……これはもうずっと味わっていたくなる。

 恥ずかしながら顔に出ていたらしい。
 店主の女性が「美味しいかい?」と声をかけてきて、俺はコクコクと首を振る。

 不思議だ。こんなにもバラバラな食材がいくつも一つのパンに挟まっているのに、争うことなく、一口の幸福を生み出しているなんて。

 バラバラ──。
 俺たちのパーティは……。

「……はあ……」

 カップを一口(すす)り、深く一息つく。
 口の中の幸福とは裏腹に、頭は昨夜の“ある出来事”を思い浮かべていた。