あのとき助けたのって俺じゃないんだけど。

あの夏の日、俺はばあちゃんちに遊びに来ていた。
といっても近所に友達がいるわけでもなく、暇を持て余して、ブラブラと出歩いていた。


そのとき、急にめまいがして動けなくなった。

やばい……!

そういえば、朝ごはんのときに、煮出しすぎて苦くなった麦茶を1杯飲んだだけだった。
頭が燃えるように熱く、俺はその場にしゃがみ込んだ。

声が聞こえた。
「大丈夫?」とか「どうしよう!」とか。
それから「あさと!」と叫んでいる。

その音がやけに耳に残った。
声が止まってから、その子が俺に水を飲ませようとした。
でも、顔が上げられずに諦めたようで、頭に直接水をかけてくれた。


その後、俺は救急車で運ばれ、10日間入院した。
退院した俺は、助けてくれた子に感謝を伝えたいと思った。
でも、心配した親が、夏の間は絶対に外に出さなかった。

2ヶ月経ち、ようやく涼しくなったころ、親に許可をもらって、ばあちゃんちに遊びに行った。
あの声と「あさと」という名前だけを覚えていた。


近くの公園に行ってみた。
何人か子供がいたが、顔を見ていないので、正直分からない。
なんとなく公園内をブラブラしていると「あ!」と小さく叫ぶ声が聞こえた。

「君、熱中症になっちゃった子だよね?」

そう言われてすぐに、あのとき助けてくれた子だと分かった。
その子は女の子みたいに可愛い顔をしている。

「大丈夫だった?もう辛くない?」

こんなに可愛い子がいるんだ……
そう思うと、俺はなぜか何も言えなくなって

「うん…」

と小さく頷いた。
すると、その子はふわりと笑って

「ほんとに良かった〜!ずっと心配してたんだよ」

と言った。
ただお礼を言えたら満足だったはずなのに、その子の笑顔を見たとたん、急に胸がドキドキして、顔が熱くなった。

「ぁっ、………さと?」

小さな小さな声しか出せなくて、聞こえたか分からないけど、その子はまた

「うん!」

と、花が咲くように笑ってくれた。
その瞬間、空気が揺れたような気がした。

そのとき、遠くのほうから呼ばれて、「あさと」は振り返った。

「あ!お母さんだ!じゃぁ、またね〜」

大きく手を振って、走っていってしまった。
あ、結局お礼言えなかったな。

あのときの「あさと」の笑顔は、俺の心に色濃く焼きついていた。


その後、また「あさと」に会いたくて公園に行ったけど、公園は取り壊されていた。
諦めきれず何度か行くうちに、アパートが建っていた。





公園で会ったあの子が、麻人ではなく、真郷だったのだろうか。

高校2年になって、初めて麻人の顔を見たとき、すごく可愛いと思った。
2回目に目が合ったとき、やけに懐かしさを感じ「この子だ」と思った。
名前を聞いて、さらに確信した。
俺がずっと探してた「あさと」の笑顔だ、と。

だけど、もう何年も前のことだし、子供の記憶なんて曖昧だ。

もし、あのときの子が真郷なら…
同じクラスになったのが真郷だったら、俺は同じように感じ、同じように真郷に恋をしていたのだろうか。
麻人が違うクラスだったら、俺は他のやつらと同じように冷たくあしらっていたのだろうか。

俺の麻人を好きな気持ちは幻想だった?
思い出を否定されても、今なお、こんなにも麻人を愛おしいと思う気持ちは……

この胸は誰を想ってこんなにも痛いのだろうか。