あのとき助けたのって俺じゃないんだけど。

来週の土曜日にデートしようということになり、瞬く間にその日がやってきた。
ちょっと緊張していたけど、普通に友達と遊ぶと思ったらいいと悠生に言われ、どうせなら思いきり楽しむことにした。

服装については散々悩んで、梅雨の中休みだから暑くなるということで、白い半袖Tシャツに薄手のチェック柄シャツ、デニムのハーフパンツにした。
オーバーサイズが好きだから、全体的にダボッとしている。

待ち合わせは、わざわざいいと断ったけど、どうしてもと悠生に言われ、俺の家まで迎えにきてもらった。

玄関のチャイムが鳴り、ドアを開ける。
悠生は黒のロゴ入りTシャツに、黒のダボッとしたパンツを合わせている。

めちゃくちゃかっこいい…!

「悠生!かっこいい!」

「麻人、すげー可愛い」

同時に言って、顔を見合わせて笑った。

行き先はここから電車で40分の遊園地だ。
電車は空いていて、俺たちは隣に座った。
久しぶりだからすげー楽しみ!

悠生と喋ってるうちにあっという間に着いて、俺たちはアトラクション全制覇する勢いで遊びまくった。
まぁまぁ混んでいたけど、並んでる時間も楽しかった。

夕方になってさすがに疲れてきて、ベンチで休憩する。
悠生が自販機でココアを買ってきて渡してくれる。
もう一つはコーヒーだ。

「あ、ありがと。お金払うよ」

「いいよ。俺が勝手に買ったんだし」

「でも、昼飯もおごってもらったし」

「いいんだよ……一応、デートだからね」

デート、と言われた途端、鼓動が早くなった。

「ありがと……」

ココアを一口飲んで、心臓を落ち着けるようにふーっと息を吐いた。
急に2人の間に、むずがゆい空気が漂ってきたのが分かる。
今日1日、なにも考えずに楽しめたのは、悠生がずっと気遣ってくれていたからだ。

そのとき、どこからかサッカーボールが転がってきた。
少し遠くのほうから「すみませーん」と言う声が聞こえた。

悠生は器用にサッカーボールを操って、駆け寄ってきた男の子にパスした。

そういえば、球技大会のときすごかったな。
悠生が試合開始直後にゴールを決めて。
なぜだか、あのときのことを思い出すと、胸が詰まる。あの場にいる全員が悠生に夢中だった。
でも、その輝きはたった1人、好きな子だけに向けられていて。
俺じゃ……ないんだ……って……
俺だけなら……いい…って………

「悠生……」

「そろそろ帰ろうか」

「うん」

2人で寄り添うように並んで歩き出す。
肩が当たり、手の甲が当たり、悠生の手が俺の手を包んだ。
一瞬ギュッと握られ、俺も握り返した。
答えが見つかったような気がした。
俺、悠生を独り占めしてもいい?

「ゆ、悠生は……」

「うん?」

「なんで、俺のこと好きになったの?」

悠生は柔らかな眼差しで、思い出すように空を見上げた。

「一目惚れ、かな」

え?!
そんなの、されるような見た目じゃないんだけど。
一気に熱が上がり、繋いだ手が汗ばむ。

「それに、麻人は覚えてないだろうけど、小さいころ麻人に助けられたことがあるんだ」

続けて思わぬ話が飛び出し、俺は目を見開いた。
え?俺たち本当に会ったことあるの?

「そう、なんだ。ごめん、全然覚えてないかも」

そう言うと、悠生はゆっくり話し出した。



さっきまでの青空とはうってかわった鉛色の雲が、急に強く吹いてきた風に押し運ばれている。
稲光が走り、遠くでゴロゴロと雷が鳴った。

悠生の話を聞くうちに、自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。
繋いだ手が震えて、つい数分前に上がったばかりの熱が、逆にどんどん冷えていく。
心臓が嫌な音を立て、冷や汗が背中を伝った。

……違うよ……

悠生…違う、違う!
違うんだよ!

パニックになって、バッと手を振り払う。
一瞬、視界がグラッと揺れた。

「麻人?」

からっぽになった拳を握る指に、力が入る。
悠生が不審そうに見つめるが、俺はその目を見返せず、俯くしかなかった。


なぜなら、俺はその出来事をはっきり覚えていたからだ。

「……ごめん、悠生。…それ、俺じゃない」

喉がはりつき、やっと絞り出した声はかすれていた。

「え?」

悠生が表情を変えないまま首を傾げる。

「ちゃんと覚えてる……それは……」

喉が詰まる。
言いたくない、でも言わなくちゃいけない。

「……真郷のことだから……」

ハッと息を呑む音が聞こえた。

「………あのとき、悠生を助けたのは、俺じゃない」

「真郷だよ!!!」

そう言って、俺は走り出した。

悠生が何か叫んでいたけど、ごめん……今は無理だ。

息が苦しくて、でもそれ以上に胸が痛くて。
次から次へと溢れる涙が、顔の横を流れていく。
いつの間にか降り出した予報はずれの雨が、俺と悠生の間を防壁のように隔てている。

「なんなんだよ!こんなに……こんなふうに好きにさせておいて……人違いって!そんなのありかよ……!」

髪から絶え間なく流れてくる雫が、ついさっき花開いた俺の想いも一緒に押し流したらいいのに。