あのとき助けたのって俺じゃないんだけど。

サッカーは順調に勝ち進み、決勝戦の相手は3年生だった。
大接戦の末、またもや悠生のゴールが決め手となり、1―0で勝利した。
なんかもう、マジのヒーローじゃん。

これはもしや…と期待したら、西原率いるバスケチームが初戦で敗退し、惜しくも優勝は逃した。
あれほど息巻いていたのに……
まぁ、俺も3回戦で負けてるから、文句は言えない。

かくして、幻のクリームパンにお目にかかることは叶わない……はずが。
閉会式を終えてもどってきた悠生の手には、透明な袋に入った真っ白なパンがあった。

「え?これって……」

「クリームパン。3年の、優勝したクラスの人にもらった」

「は?」

つい、食い入るように見てしまう。
イケメンパワーは食欲をも凌駕するのか?
悠生は口の横に手を添えて

「半分こして食べよう」

と言った。

「い、いや!悪いよ!悠生がもらったんだろ?」

慌てて首を振る。
さすがに図々しいにも程がある。

「お昼食べ過ぎたからお腹減ってないし、このパン、賞味期限30分なんだって。美味しいうちに食べたいから、麻人が手伝って」

あれほど走り回って活躍してたのに、お腹が減ってないなんてことあるだろうか。
あらかじめ準備していたような理由に、それ以上拒否することはできなかった。
でも……それって、好きな子にもらったんじゃないか?




放課後になり、「慰労会どうする?」なんて言ってるクラスメイトをよそに、悠生が俺の手をとってこっそり廊下に連れ出した。
向かったのは屋上手前の階段の踊り場。
放課後の光が薄く差し込み、廊下の喧騒が遠くで聞こえている。
うながされて座り、悠生がリュックの中から「ジャジャーン」とあの白いクリームパンを出した。
見るからに柔らかそうな生地だ。
思わずごくっと喉が鳴る。

「はい、麻人の分」

半分に割って、こころなしか大きい方を俺に渡してくれる。

「ありがとう。じゃ、遠慮なく」

悠生と目を合わせて、一口頬張る。
思った通りの柔らかい生地に、なめらかなクリーム、鼻に抜ける香りは……レモンだ。
口いっぱいに広がったと思ったら、生地もクリームも、甘酸っぱい余韻だけを残して、幻のように消えた。
だから幻のクリームパンか?!

「す、すごい!」

「うん!おいしい」

夢中で食べて、あっという間に消えてなくなった。

「すごかった!さすが幻と言われるだけあるな。ほんとにありがとう」

「いいよ。麻人が喜んでくれるのが一番嬉しいから」

そう言って微笑む悠生の顔を見ると、また胸が痛くなって目をそらした。
膝の上で組んだ自分の手を見つめる。

「悠生、ほんとかっこよかった……みんな、悠生に夢中だったよ」

「ありがとう。みんな、か。でも、俺は…」

「大丈夫。見てくれたよ…そのために頑張ったんだもんな」

悠生が顔をのぞきこむ。
まっすぐな視線に目を合わせられない。

「…………元気ない?」

「…そんなことない。…たぶん、疲れてるんだと思う」

この気持ちを自分でも理解できない。
寂しいような、悔しいような、怖いような……
それでいて、温かくて心が弾むような。
全部、悠生に話したい。
話して理解ってもらいたい。
でも、今はまだ何一つ言葉にできない。

膝に顔をうずめていると、涙がポロっとこぼれた。
想いが川となって決壊するように次から次へとあふれてきて、堰き止めることが叶わずに肩が震える。

悠生はなにも言わずに俺を胸に引き寄せて、優しく抱きしめてくれた。
温かくて、すごくこわかった。